シンアスカにとってプラントはどこか非現実的な空間だった。
コーディネーターではあっても地球で育ち、地球の重力を体に受けてきた彼にとって、そのプラントの人工的な重力も、シャトルや、MS搭乗口などの地に足の着かない感覚も、どこか、今の現実が夢であると思い込ませる都合のいい道具だ。
体が軽くなると、背中に掛かる重圧がほんの少し消え、そして全てを忘れ、決意に向けて動く自分を押しとどめようとする足枷はなくなる。
迷いを断ち切れば、酷く気が楽になり、そして戦闘という悲惨な自分の殺戮行為を戦争のせいにして正当化できる。
幸か不幸か、シンにはそれを咎める人はいない。
・・・俺は迷わない・・全てを終わらせる、大事な人を守る・・
鮮やかな短めの赤毛と菫色の明るい瞳をした少女は嬉しそうにフォークに刺さった冷えた量産型の冷凍マッシュポテトを口にした。
彼女が嬉しそうなのは、ようやく彼女たちの部隊の隊長を捕まえ、色気も何もあったものではないミネルバの食堂ではあったが、食事に誘うことに成功したからだ。
彼女ルナマリア・ホークが満足そうに大して美味しくもない冷凍食材の料理を、美味しそうに食べているのを見ながらアスラン・ザラは深い溜息をついた。
女性が苦手であるとかそうでないとか意識したことはないが、彼女に限らず、自分は女性に関わると有無を言わさず振り回されているということは自覚していた。
「だから、シンって生意気だけど、結構自虐的なんですよ。マゾなのかな?」
「はあ・・。自虐的ね・・・不器用な奴だとは思うが」
「それがシンらしいところですけどね」
ルナマリアは飲み物を口にすると、語りきったとばかりに息をつく。
何故か二人して話題は食事とも、男女二人らしい会話でもなくシンについてだった。
切り出したのがどちらからだったかは定かではないが、アカデミー時代からシンという少年を見てきたルナマリアはしっかりと彼を見ていたようだ。
「でもアスランって特別かも、シンって自分より目上とか強いとかそういう人に反抗するのが趣味みたいなもんですから」
「でもさすがに艦長や議長には従うだろう?」
「国家権力には逆らわないでしょうねさすがにあのバカでも。だけど本当にちょっと上の人とか大の苦手で、先輩とか教官とかには飽きもせずに喧嘩ふっかけてましたよ」
「・・・なんとなく分かる気がするよ」
「でもそれって別に自信があるからじゃないんですよね・・単純に向こう見ずって言うか・・保身がないっていうか・・それが自虐的って言うか・・上手くいえないけど」
彼女の意図することが、なんとなく分かるのか、アスランは静かに頷いてそうだなと返事をする。
後先考えず突き進む身勝手さも、自分の信じたものに対しては意固地で他者に対して相反する言葉しか吐こうとしないところも含め、シンはやはりどこか保身がなく全てが剥きだしなのだ。
ルナマリアはそんなシンを上手く誘導し、作戦に従わせ尚且つ彼に自信と達成感を与えさせたアスランを凄いと表現した。
アスラン自身別にシンを上手く誘導しようと思い説得したわけではないし自分自身そういう自分に反発する人物に対して優しくフォローするお人よしな趣味は持ち合わせていないつもりだった。
シンの吠え方は、イザークのプライドの高さからくる居丈高なものとは違い、吠え付いていいるのにこっちを見ていないという感じがしていた。
そう、例えるなら自分の後ろにたっている何かに吠え付いているような、そんな曖昧な感覚で、それはアスランにもはっきりとは表現できない。
ただ単純に、シンは自分に反抗しているというのとは少し違うのではないかと思えていた。、
その違和感は、こうして作戦が成功して、関係が上手く築けたように傍目には見える中でも、アスランの中のしこりとなって残っており、その答えはこうしてルナマリアとシンについて会話する中で更なる迷宮へと潜り込んでいってしまったようだった、
「何の話してんの?」
声の主は、自分が話題の中心であったとは思いもしないかのように、落ち着きなく跳ね回る黒髪の頭揺らして目を丸くする。
その手にはトレイがあり、やはり彼も食事のを摂るために食堂へやってきたのだということが分かりやすく表現されているにも関わらず、驚きでか、ルナマリアは彼女自身分かっていてもお約束な言葉しか出てこなかった。
「シン。あんたいつからそこに?」
「いつからって、今さっき・・ああそうだ艦長がアスランさんに用があるって言ってましたよ。手が空いたらでいいから士官室に来てくれって」
「ああそうか・・わかったありがとう。食事も済んだし、行くよ」
お愛想ついで誤魔化しの混ざった笑みを浮かべ、アスランは跳ね回る黒髪の頭をポンと撫でた。
「え?」
頭を撫でられた本人よりも。意図せずそれをしてしまったアスランの方が驚いた顔をしてしまった。
シンはまさか撫でられるとは思いもしなかったようで、戦闘時とは違い普段は丸い目を一層丸くしてアスランを見上げる。
「ああ、すまないつい」
頭なんか撫でればシンは怒るだろう、と瞬時に予測し慌てて手を引っ込めて軽い謝罪とともに立ち去るアスランの背中を見送るルナマリアは驚きでシンと同じように目を丸くしていた。
そして恐る恐るシンの様子を窺おうと視線を滑らせる。
しかし怒るだろうと予測されてている本人はそれに反してただ首を傾げるだけ。
「なにあれ?」
「・・さあ・・・シンがいい子にしてたからじゃない?」
「はあ?なんだそれ?」
「・・あんたが怒ると思ったのよ、意味もなく頭撫でたりしたから」
酷く心外だ、とシンは内心思った。
バカにされるなどという意味合いがない限り、上司相手に頭を撫でられたくらいで怒る程、自分は心が狭いとは思っていなかった。
しかしシンの考えはどうあれ、他者との関係の取り方はまず形として「拒絶」から入っているようにしかみえないシンの普段の動向を見ていれば、ルナマリアやアスランが触れば噛み付く犬みたいにシンと云うパーソナリティを勝手に定義してしまうのも無理はない。
しかしシンにそれを推し量ることなどできないし、自分がどう思われているかなど興味のない彼にとって、そうした心配は無用のものだ。
ルナマリアが妹に呼ばれて食堂を去ったあと、少し遅れて入ってきたレイ・ザ・バレルはシンの手前の席に着き、真紅の目を見る。
「何かいいことでもあったのか・・」
疑問ではなく、そう推察してレイが口にした言葉に、シンは眉を顰める。
「はあ?なんで?」
「・・・違うのか?」
「・・別に・・・」
反論するでもなく、肯定するでもなく、シンはそれきり口を噤んで食事に没頭し始める。
嫌いなのか、自分の皿の中の野菜をレイの皿に投げ込むシンの姿はどこか意識が別のところに飛んでいるように見え、微弱ではあったが、それはレイが見て取れる彼のなかの変化だ。
何かが、シンを変えようとしている。
レイはそんなこと能面のように無表情で作り物のような端正な顔立ちの裏にぼんやりとそんな思考を回らせながら、トレイの中の見に覚えのない野菜を放りそっくりそのまま返した。
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