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呼びつけはしていたものの然程急を要する用件ではなかった為、ミネルバ艦長タリア・グラディズは、どこか息切れでもせんばかりに急ぎ足でやってきた、新人赤服部隊の隊長の姿を少しの驚きを含む眼差しで見ていた。
しかし敢えて追及する必要があるようにも思えず、アスランのそんな様子を気にも留めないで用件を述べようとした。
「早かったなあ!急いできたみたいだけど、なんかあったのか?」
アーサー・トラインの愛すべきところはそういう疑問や、浮かぶ気持を素直に口にできる実直さであるが、裏を返せば空気が読めないだけのただの無作法物である。
タリアは余計なことを聞くアーサーを咎めようかとちらっと睨みつけるが、それよりも先に、尋ねられた本人が慌てて返事を返した。
「いえ、このあと調整のためにメカニックと予定を組んでありますので、早めにと思いまして・・」
「そう・・ありがとう。実はまあそう大した御願いではないのだけれど・・」
デスクの上のモニターを眺めながらタリアは少し面倒臭そうに呟く。
「ちょっとした要請があってね、アカデミーのシュミレーションシステムの検査と改良開発の為に、ザラ隊にシュミレーションモデルになってほしいそうなのよ」
「シュミレーションですか?」
「ええ・・疲れているところ悪いのだけれど、明日の1400、開発チームが来るから協力して欲しいの」
シュミレーションシステムは有能なるザフトの兵士を鍛錬し、実践におけるMSでの個々の戦闘能力を測るためには重要なシステムであり
傭兵を目指す少年少女は、挙ってそのスコアを競い合う。このスコアの上位に位置する者がMS操縦者として適任と認められれば、卒業後は
ザフト軍でパイロットとして羽ばたくことが出来るのだが、実際その中でもアスランたち「赤服」は所謂アカデミーのパイロット志願者には憧れであり、新人にしてかなりの上層部扱いと特権を得られる為注目されるのは必須だった。
先のローエングリン砲台打破の作戦指揮官であり、その遂行チームの隊長、更には特権階級FAITHでもあるアスランに開発の協力者として白羽の矢が立てられるのも当然のことだ。
・・そんなに改良に改良重ねてどうするつもりなんだ・・・
内心そう密かに毒づきそうになりながらも、アスランは艦長たっての頼みではないと分かっていても、彼女の立場を考慮し、素直に協力に応じることにした。
「わかりました、では明日、三名とともに開発チームに微力ながら協力させて頂きます」
「ありがとう・・助かるわ・・」
どこかほっとしたような彼女の顔を見ていると、断ることはまず出来なかったであろうとアスランは妙に納得させられ、背筋を伸ばしなれた様子で敬礼をすると士官室を出て行った。
「シュミレーションの手伝い?・・・でありますか?」
シンの敬語の使い方は時々癪に障ると、言う話は強ち間違いでもないようだとアスランは思う。
別段さして硬い敬語で話して欲しい訳ではないし、ましてや尊敬されようなどとは微塵と思ってはいないアスランでも、シンのその、トってつけたような喋り方は、無理ならいっそもっとフランクに喋ってくれと言いたくなるくらい「不安」だ。
「ああ、俺たちにシュミレーション用のモデルとしてデータを取りたいそうだ」
「いいですよ私は。どうせなら思いっきりすっごいスコア出して、アカデミーの子達が追い抜けないようにしてやりません?」
「俺も別にいいですよ。どうせ暇だし」
「指示であれば従います」
三人の答えは予想通りのもので、面白そうだと乗り気なルナマリアに、どうでもいいと投げやりなシン、そして淡々と従うという意志だけ見せるレイ。といった具合で、早くも明日のシュミレーションが憂鬱になりかけているアスランは、それじゃ明日は頼んだぞとだけ言い残して仕事へと戻っていった。
「最高スコア出せば、なにかいいことあるかしら」
「なんもないんじゃない?ただのモニターだろ?」
ルナマリアは、シンがもう少し高いスコアを出すことに燃えるだろうと予想していたのに、意外にもあっさりと興味無さ気な回答をしてきたことに一抹の不信感を抱く
「なによ、あんたならもっと乗ってくれると思ったのに、がっかり」
「勝手にがっかりしろよ、どうせアスランさんたちが昔だしたスコアには勝てないだろ。それに別に実践じゃないんだしどうでもいいじゃん」
シンにとってスコアはスコアであり、実際の実力ではない。アカデミー時代、スコアが出世の道を決めると分かっていた時こそ必死で勝ち進もうとしてていたものの、目指すところである赤服となった今ではスコアは最重要なポイントではないと理解しているのだ。
年頃の少年らしく、確かに上であることに喜びや優越感を抱かないでもないし、負けるなんて悔しいという人間としての一般的な感情が
ないわけはないが、それはあくまで擬似的なものであり「敵」はそこにいない。
「やだー。負けっぱなしでいいの?」
焚きつけようとするルナマリアの言葉の誘惑に心動かされないわけでもないが、やはり本物の宙を覚えてしまった彼にとってはそれは最も興味を引くものではない。
「俺はそれより実戦に出たいよ・・ルナは子供だなー」
「なによーあんたにガキ扱いされたくないっての」
彼女の受けたショックは単純に、シンに子供扱いされたというプライドを傷つけられたという事実だけではなく、シンの回答にある。
シンという少年を理解したつもりで居たのに、事実彼にはこの二年傍にいたはずの自分にも理解しきれていなかった何かがあるという現実的な個性にもあった。
「俺も同感だな・・・」
「なによ・・・レイまで・・。そんなこと言っててもどうせやっぱりあんたたちも明日になればむきになるんだからね」
「かもしれないけど、俺は実戦がいい」
シンの最後の呟きをルナマリアが聞いていたかどうかは定かではない。
しかしどこかここではない遠くを見つめる、シンの紅い瞳は、捕らえようの無い何かを燃やし尽くさんとばかりに一層紅く輝いていた。
システム開発チームが新人チームの実戦における噂を聞きつけて要請を出してきたのも頷けるほど、ザラ隊には多大なる期待が寄せられていたのはタリア自身が一番よく知っていた。
翌日の午後に入ると、物々しい重機とともに、凝り固まった思考や独自の理論に妙な信念を抱いていそうな研究者たちがぞろぞろとミネルバ艦内にやってきた。
隊長であるアスランが彼らを迎え入れ、今回のテストの概要についてきちんとした説明を受け、それから三名を呼び出した。
定刻通りに集結したメンバーは、早速期待の視線を背中に受けつつも、テストの開始に入る。
「いいか、今回は全く新しいタイプのシミュレーションシステムの実験だ、実際の戦闘を想定し、各機ともに連携をとり敵を打破することを目的とする、重要なのはこの機械の機能を最大限に利用し連携の取り方における具体的な一例を挙げるということだ。決してスコアではない。分かっているとは思うが」
アスランの念を押すような言葉に、ルナマリアはこっそりとぺろっと舌を出し。レイは「だから言っただろう」と言いたげな視線をちらっと彼女に送る。
「ではテスト開始」
実際のシートに極似している、そしてシンが座った席はまさにインパルスそのものだった。シミュレーションのモデルとして今最新鋭の機体の一つとして君臨するインパルスは正に恰好のモデルでもある。
恐らく以前までのシミュレーションシステムを遥かに超越したリアリティに富んだものを開発しようという狙いだろうが、シンにはそんな研究者の考えは無関係であり、使い慣れたインパルスであることがやりやすく都合がいい、といった単純な感想しか持てなかった。
「全く同じだ・・。なんか変な感じでも楽かも」
『シン、敵遭遇までの時間隊列を組む。お前が先頭だが合図があるまで決してスピードを上げず、また隊列を乱すことも禁止だ』
「わかってますよそれくらい。チームワーク・・でしょ?」
アスランがモニターの向こうで機械を通じても分かるくらいはっきりと溜息を洩らしている。
「大丈夫ですよ」
何の心配をされているのか、今までのアスランとの確執を思えばそれを推察できないほどシンは頭が悪いわけではない。
シンは明らかにアスランが自分にだけそういう念を押すような言葉を向けてきたことに、ほんの少し苛立ちを感じていた。
リアルなグラフィックと体にかかる負荷が一層ここが実戦の場であると錯覚させそうになる。
ルナマリアはモニターの先に青い海を見ていた。地球の海だ。
テスト中であることも忘れ一瞬海に見とれていたが、自分のひとつ前を行くアスランから無言の注意を受けてしまい、意識を集中させる。
『来るぞ、各機ともに配置につけ、合図とともに攻撃開始』
開発チームの興味ははじき出されたスコアにも性能を最大限に生かした機動力にもあり、テスト終了後も彼らはどことなく興奮気味にデーターを回収していた。
アスランはベンチに座って眉根を顰めているシンをもう一度叱るべきかどうか戸惑いながらも、飲み物の入ったカップを彼に差し出した。
「何故・・勝手な真似をした」
「・・・もういいじゃないですか、研究者たちはいいデータが出たって喜んでるんだし。それに敵は殲滅できたんだ、実戦なら褒められて当然の大勝利でしょう?」
声のトーンを落として静かに尋ねたアスランにシンは目を合わせる事も無く答えた。
模擬戦闘に入った途端、シンはそれまで指示に従っていた筈なのに、体が勝手に動く感覚を覚えた。目の前に見える「敵機」はリアルで、それまで思っていたテストのものを遥かに超える全く実戦そっくりの空間だった。
それを意識した瞬間からだが勝手に動き出した。迷いの代わりに沸き起こる脳内麻薬が、どこか戦闘を行うことへの恍惚とした快感のようなものをシンに見せたのである。
敵を倒す・・全てを薙ぎ払う
反射的に動く体を止める術はどこにも無く、結果として敵は殲滅できたものの、アスランの指示通りの動きも段取りもそこにはなく、終了後に予想通りアスランからお叱りを受けた。
体が勝手に動いたんです、などという惨めな言い訳がましいことを訴える気もなく、また自分のやった行為に対する否定をしたくはなかったシンが言ったのは、結果による自分の正当化を促す言葉だった。
そういう反論をしてくるということもアスランには想定の範囲内のことだったが、実際に仏頂面で差し出した飲み物も受け取らずただ不機嫌そうに黙り込んでいるシンの行動は目に余る。
また気がかりでもあった。
「もしあれが実際の戦闘で、万が一相手がどこかに隠れこんでいたとしたらどうなる。陣形を離れ身勝手な行動をとったお前は恰好の的となって集中攻撃を受けるかもしれない」
「そしたらその隙に他の皆で敵機を撃墜させたらいいじゃないですか」
「どうしてそう向こう見ずなんだお前は。俺が言ってるのはそういうことじゃないだろ」
苛立ちがアスランにも沸き起こる、シンがある意味本当に強い意志を持っている。しかしその意志は彼だけが持ち、彼はそれを誰かと共有しようと考えていない。
話さなければ何も分からないし、伝わらないのに。
「死にたいのか!お前は・・」
「もういいでしょう。ああは言っても一応反省はしているはずです。」
背後から聞こえたのは、低く落ち着いた声音で響くレイの声だった。
アスランを止めようとシンとの間に入りそしてシンにアスランの手にある、カップの一つを手渡す。
黙ってそれを受け取ったシンは、やはりそれでも目を合わせることはなかったが、レイの無言の重圧に負けたかのように、消え入りそうな小さな声で「すいませんでした」と云いカップを持ったまま去っていく。
「お前の言うことは聞くんだな」
「・・いいえ言いなりになっているわけじゃない。シンは自分の考えでしか行動しません」
「そうか・・」
「ああ見えてやはり悪かったという意志はあるのでしょう」
レイはそういい、小さくなっていく少年の背中を見送り、アスランに一礼をして去っていく。
「・・・全くわかんないな・・」
シンの考えも、レイの考えもそして自分の意志さえ、今のアスランには明確な形となって見えていない。
ただ、あの模擬戦闘の最中シンの見せた行動が、まるで無知で傷つくことを怖がらない子供のようなものであったことが気がかりだった。
彼はそれほど無知なのだろうか、家族を失った痛みを知り、それ所以にオーブを、そして戦争を憎む彼なら、分かっていることだと思っていたのに。
アスランの困惑は、カップに注がれた混ざりきっていないコーヒーフレッシュのように渦を巻き、そしてゆっくりと溶けて消えていく。
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