急な出撃命令が下された。

その経緯さえ分からないままに搭乗口へと駆け込んだアスランは状況を把握しようと周囲の者に尋ねようと見回したが、誰もがまるでアスランの存在に気づいていないかのように、忙しなく動いていた。

 

 シンやレイたちの同期で彼らの友人でもあるメカニック二人が走りぬけようとするのを無理やり引き止めてアスランは是が非でも状況を聞きだそうとする。

 襟首をつかまれて立ち止まるヨウラン・ケントは、一瞬眉を顰めたが慌てた半トーン上がった慌て声でアスランに事の次第を告げる。

 

「もうあいつらだけで出撃してますよ!どこ行ってたんですか?」

「シンが飛び出しちゃったせいもあるけど、レイもルナマリアもすぐに出撃しました。アスランさんだけですよ」

 

ヨウランに続く言葉を繰り出したヴィーノ・デュプレも眉を顰めている。

嘘だ、そんなはずはない、艦内放送が届く位置に自分がいなかったはずもない、ミネルバ艦内で・・・。

二人に半分怒鳴られるように言われたアスランは自分に非がないことを証明しようと口を開こうとしたが、自分がそれまで何をしていたかを彼らに言うことが出来なかった

 

「・・俺はなにをしていたんだ・・?」

「知りませんよ!」

「急いでセイバーを出れるようにしてくれ、すぐに後を追う」

「セイバーは調整中です、忘れたんですか?」

 

ドックに見慣れたセイバーの姿はなく、あるのは忙しなく走り回るモノトーンのザフト兵士たちだけ。

 

「・・どういうことだ、なんでこんな時に」

 

大画面のモニターに映し出されたのは、激しいMSの戦闘風景。

管制から響くオペレーターの少女の声が、どこか焦りと恐怖を含んでいる。

一体何がどうなっているのか、アスランは自分のこの状況を惨めと思う以前に、言い様のない不安とどこか恐怖にも似た重圧感を感じていた。

何かが起きようとしている、そんな予感が胸を過ぎった瞬間響いたのは、メイリン・ホークの悲痛な叫びだった。

 

『インパルス被弾!パイロットとの通信途絶えました!』

「シン!」

 

 紫煙が周囲を包み、最新鋭であり、現在のザフト軍が誇る機体でもあるインパルスは煙に巻かれて墜落という悲劇に着実に近づいていた。

ハッチを開放し、すぐに帰還できるように準備されると、危ういバランスを保ったままインパルスが半身を失いながらもドックへと帰還する。

不安と恐怖に周囲がざわつくのを掻き分けたアスランがコックピットを抉じ開ける。

 

 開け放たれたコックピットに居たのは、シンだった。しかし白い頬は幾分青ざめて見えたが生気があり、開かれた紅い瞳はいつも通りアスランを睨み据えている。

 

「シン・・無事だったか」

「・・無事・・じゃないですよ・・・・」

 

ヘルメットを取ったシンはアスランを強く睨む。そして睨みつけるその紅い瞳の色と同じ液体が額からどろりと洪水のように流れ落ちてきた

 

「シン!」

「酷いですよ・・助けにきてくれないなんて・・・」

 

シンは血を流しながら笑う。

どこかまるで生き物ではない何かを見ているような錯覚を覚える。シン鈍い笑顔からやがて溢れる血が瞳からも流れ落ちる、口からあふれ出し当りを真っ赤に染めて。

 

「俺はいいんですけどね・・・。ああインパルスのボディ半分抉れちゃった・・」

 

シンの笑顔が途端凍りつく。

恐る恐るアスランが目をやるそのシンの体もインパルス同様半分になっている

 

「すいません、アスランさん」

 

「うわあああ!」

 

 

 







 

 








叫び声を上げ飛び起きるほどの悪夢を見たのは久しぶりだった。

アスランは急激に沸き起こる嘔吐感を抑えきれず、自室の洗面台に頭ごと突っ込むとやけに冷たい汗とともに全てを吐き出す。

 

「・・・なんて・・夢だ・・・」

 

夢であると分かった今でも、その鮮明な血と、シンの瞳の赤が脳裏にべっとりと張り付いている。

軍人として戦い仲間を失ったこともあり、また人を殺めてきた自分が、今更これしきの夢で嘔吐するなどと思いもよらず、吐気以上に止め処なく沸きあがる苦味が全身を巡り、錯覚とは分かっていても鼻を突くような鉄臭い血の匂いに眉を顰めた。

 

今日行ったシミュレーションシステムの研究開発の協力の一件から、よもやこんな夢を見るとはアスランは予想もしていない。

夢の中のシンは、まさにそこにいて生きているかのように喋り、鮮やかな色彩を放ち、そして血を纏っていた。

そして非現実的にそれをどこか客観視したような言葉を吐き、痛みや恐怖に怯えていなかった。

息を整えたアスランは額に滲んだ汗を拭い首を振る。

 

そうだ・・こんなことがあるわけがない・・。

 

 デジタル時計の知らせる時刻は、忙しい身とはいえ、活動を開始するには聊か早過ぎる時刻を表示していた。

眠れる気はしなかったが、溜め込む余裕などない疲れを、少しでも癒そうとただ目を閉じる。

瞼の裏にはただ鮮明な赤が広がっていたが、心を無にしてただ目を閉じ続けた。

 

 

 



 顔色悪いですよー。とルナマリアは朝一番の演習場で出会ったアスランにそう投げかけた。

アスランが自分に起こった出来事や抱いている不安を、訴えてくれるなどとはルナマリアも期待していなかったが、彼女の見かけたアスランは余に酷い顔をしていた。

 

「なんでもない・・ちょっと嫌な夢を見ただけだ」

「そうですか、大丈夫ですか?」

「気にするな。・・ところで・・シンを見かけなかったか?

 

 

 

 



「でさー。そんときヴィーノのやつ・・・」

「あ、ばか言うなって!」

 

 シンは気心の知れた二人と、朝の空き時間に談笑していた。先日アスランに叱られたことや、そのせいでなんだか寝付けなかったことなど忘れるかのように、気軽な会話を楽しんでいた。

 

「シン。報告書の提出が遅れていると、副艦長から泣きつかれた。早めに仕上げて提出しろ」

「なんだよレイー。ちょっと遅れてるだけだろー」

「副艦長がなきついてきた」

 

無表情に近いが,レイは溜息でも洩らさんばかりに言う。

 

「副艦長かあ・・・・」

「まだ出来てないんなら謝ってこいよ」

ヨウランの促す声にも素直に耳を貸し、あの頼りないうっかりものの副艦長が仕事でできないと泣いている姿を想像し、さすがに少し胸の痛んだシンは、そうするよ、といい仲間たちのもとを足早に去っていった。

 

 

 
一連の様子をぼんやりみていたアスランは、自分を好いているかどうかも分からない二人の若いメカニックたちと、レイに挨拶をした。

 

「おはようございます。アスランさん。聞きましたよ、またシンと喧嘩したんですね」

「喧嘩ではない、シンが叱られただけだ。あいつが悪い」

 

すかさず口を挟んだレイはそういうと、アスランにそうですよね、と言いたげな目を向けてきた。

アスランにっとってその視線は本当に自分に賛同している視線なのか、そう見せかけてシンを庇護する皮肉なのかははっきりと分からない。

 

「いや・・・まあ・・・もう済んだことだ」

「そうですね・・。自分は用がありますので失礼します」

 

レイは声の調子を変えることもなく、そのまま背筋を真っ直ぐいつも通り歩調も荒立てることも緩慢にさせることもなく歩いていった。

 

「面白いですよねー、あいつらって」

 

ヴィーノは笑いながら、レイの背中を指差す。彼の言うところの「あいつら」にはシンも含まれているのだろうが、アカデミー時代からの見知った仲である、彼だからこそ言える言葉であり、アスランにはそれを面白い奴、という括りにはまだ到底できそうにもなかった。

 

「お前たちから見てシンってどんな奴だ?」

 

他人のことを人づてに詮索するのは好きではないし、あまり趣味のいいこととも思えなかったが、伝手でもない限りシンを知ることが難しい今のアスランにはこうして彼らから聞くしか他に術はなかった。

目を丸くして、でもさほど驚いた様子もなく、ヨウランとヴィーノは口々に言う

 

「いいやつですよ、すぐ怒るし自分勝手なことするけど」

「だよな。ああみえて実は結構優しいし、昔俺が教官に殴られそうになったときも庇って逆に教官のこと殴ってたし」

「そうそう、そんで反省室に閉じ込められても謝らないし、しょうがなくヨウランが謝ったら出てきた途端ヨウランに怒鳴ってたよな。悪くないのに謝るな!って」

「でも悪かったかどうか、答えは決まってないんだけど・・まあ信念は貫くタイプ?」

「スケールのデカイ夢もあるしな」

 

二人はそういいながら口々にアカデミー時代の懐かしい思い出を語り始める。

そこまで聞くつもりなどなかったアスランは、二人を制して口を閉ざさせると、大人びた彼らしい困惑混じりの優しい笑みを浮かべた

 

「わかった、お前たちはシンが好きなんだな」

「ええそりゃまあ、友達だし。まああんな性格だし嫌う人も多いけど、俺たちはあいつの味方ですよ」

「ならいいんだ。邪魔したな、仕事頑張ってくれ」

「は、はい」

 

慌てて敬礼を返す二人にアスランは敬礼入らないよと手を翳して無言のままそれを制した。

そして背中を向けて一歩進み。思い出したかのように一言彼らに言う

 

「セイバーはいつでも出れるようにしといてくれ」

 

 アスランはそれきりその場を立ち去る。そんな彼の背中を見送りながら、ヨウランとヴィーノは互いに顔を見合わせて首を傾げるだけだった。

 

 

 

 

 
「失礼しましたー」

 

 泣きついてくる仕事が終わらない副艦長に謝罪を述べて、気の毒に感じながらも、シンは終わらない報告書の処理をどうしてやろうかとそれだけに頭を悩ませていた。

昨晩のうちにやろうと思ったのだ、眠れないからついでに片付けてしまえばいいとそう思ったのに。デスクについてもブラウザを見つめるだけで、キーボードに触れる指はちっとも動こうとはしなかった。

 

アスランさんのせいだ・・・。余計なこと言うから。

 

流石のシンでさえ、それが子供じみた責任転嫁だということは分かっていた。しかし沸き起こる、アスラン・ザラに対する苛立ちにも似た焦燥感は拭いようがない。

正直なところシンは、以前まで感じていたアスランへの不信感を今は持っていなかった。上官として自分を指示する隊長として、彼に付き従うことは決して嫌であるとは思わなかった。

ただ自分の中の「箍」が外れてしまう切欠を彼が作るから苛立つのだ。シンの持つ『大いなる夢』も野望も、どこかアスランを前にするとそれがまるで否定されるべきことのように感じてしまうから。

 

「俺は間違わない・・絶対に叶えて見せるさ・・・・」

 

「何を叶えるんだ?」

 

「げ・・アスランさん」

 

声の主は今まさにシンが考えていた人物のものだった。

また叱られるのかと軽く身構えるシンの姿にアスランは軽く苦笑してしまった。

 

「昨日はすまなかった。お前の行動は確かに作戦には反していたが結果的には成功だった。俺は一人の隊長として力量が足りないばかりに、お前の意見を真面目に聞くこともなく叱ってしまったんだからな」

「え?あ・・いえ!そんなことないです」

「・・そう思うのか?本当に」

 

アスランはシンが本音から喋るのを待つようにじっと答えを待つ。

 

「あの・・確かに、俺はまずいことしてたけど・・。かあっとなってそれで皆を守る為だと思えばこそ力がなんか湧いてきてそれで命令無視してつい突っ走って・・・。でも俺間違ってないって思ってます。実際に戦いが始まったら一分一秒でも自分の為だけに用心してたらミネルバや、他のみんなが攻撃を受けるんだ。できるんだから打ち落としてしまえばいいでしょう?」

 

シンは眉をきっと上げて、迷いのない瞳でそう訴える。

アスランはその言葉に、どことなく彼のことを理解できたような気がした。

 

「仲間が大事なんだな・・本当に」

「もちろんですよ、もう・誰も失いたくないし傷つけさせたくない。おれはこの戦争を終わらせたいんです。そのためならどんな努力だってしますよ」

 

 強い思いに満ちた彼の言葉が、アスランの胸には痛い。

 

「戦争を終わらせる・・か、壮大で実に強い夢だな」

 

その夢の意図するものを、このときのアスランはまだ知らない。

ただ純粋に、真っ直ぐ前を見ているシンのその視線が、どことなく親友の姿に似ているような気がした。

嬉しそうな顔をしていたのか、まるで笑われているように思われたのか、分からないがシンは不思議そうな顔をしていた。

 

「ああん、もうシンどいてどいて」

「あ・メイリン」

 

突然山盛りの書類がゆらゆらと二人の背後からやってきた。と一瞬驚いたが。それは山ほどに抱えた書類や、資料で視界を遮られウよろめいているメイリンだった。

 

「持ってやるよ」

「それじゃあ俺も半分持とう」

 

女の子が一人でこんな大にもつを抱えているのだ、手伝うのは男として当然だろうとシンは書類に手を伸ばそてそういうが言われたはずの本人は、シンの言葉に続いて聞こえたアスランの声に頬を赤らめ嬉しそうに笑う。


彼女は艦内の補修工事のための資料や手配の書類を運ばされていたようで、しきりにシンに向かって「オペレーターは雑用係じゃないのよ」と愚痴を零しながらも、シンの横を笑って歩くアスランにチラッと目線を送っていた。

 

「本当だ、なんでこんな時期に補修工事なんてするんだ?」

「さあ・・シンが暴れるからじゃないの?」

「なんだと!」

 

微笑ましいくらいに子供っぽい会話がアスランを和ませ、そして悩みから遠ざけてくれた。どこかすっきりとした気持で、後ろを歩いていたアスランは、工事をしている壁面に上った作業員たちを見上げた。

彼らもまた忙しそうだ、いつまでも停泊しているミネルバではない。それで急かされているのだろうが、

 

 急いだっていいことなどないと思うが・・・。

 

ミシっという音。金属のぶつかる嫌な音が響き、反射的に目をつぶったメイリンはシンとアスランに大半を渡しても少しだけ抱えていた資料の紙を取り落とす。

 

「もうなにやってんだよ」

「だってびっくりして・・・」

 

大丈夫か?とアスランが駆け寄ろうとしたそのとき、金属音がもう一度起きる。嫌な予感にシンとアスランは上を見上げた

作業員が声を上げるた瞬間、地球の重力に引っ張られるように、金属素材が落下してきた。反射的にシンはメイリンの肩を押した。

 

「メイリン危ない!」

 

 

 

騒然となる艦内のその一角で、床に散らばった資料、の上に、紅い血が一つまた一つと染みを作り広がる。

 

顔を上げたシンは片方の手で顔の半面を押さえて蹲る。顔から、指の隙間から流れ出る血を押さえるその瞳は、正にその血と同じ赤だった。

 

「シン!」

 


これはなんの悪夢なのだろうか。

 

スプラッタースプラッター!!!私は流血が苦手です・・・
長い上に、なんか展開が・・・。うん
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送