5
三日ほどシンには休養が与えられ、シンは溜まっていた疲れもすっかり癒えていた。
幸い大きな出撃命令はなく、細かい作業や偵察や、威嚇程度ならインパルスの出撃を要することもなかった。
それが幸いしたのか、シンもまた周囲の人々も無理をすることなく、三日をやり過ごせた。
「はい、もういいですよ、傷はまだ塞がりきってませんので、ガーゼは換えにきてください。そのうち傷口が痒くなるかもしれませんけど絶対外さないように」
「はいはい」
シンはまるで子供に言うように、医務室の担当医に念を押されて、うんざりとした返事を返す。
痛みも熱もないし、体だって調子はいいが、利き目を眼帯でがっちり塞がれたままなので、視界が狭くて鬱陶しい。しかしそれさえ我慢すれば後は何の問題もない。眼帯とガーゼが取れるのを待つだけだ。
そういえば、お礼を言わないといけないな・・。
改めて礼などするのは気恥ずかしいが、アスランは同僚であっても上官である、そのアスランがあれから三日間、レイやルナマリアと共に世話を焼いてくれたのだから、一応お礼くらいはきっちり言わなければいけないだろう。
ルナマリアたちにせっつかれアスランにお礼を言う為だけに彼を探して艦内をうろついていると、二つに括った赤毛を揺らして一人の少女が駆け寄ってくる。
「あ。シン!よかった。もう大丈夫なの?」
「メイリン。なんだよー何度も言ったろ別になんてことないって」
「だって。私のせいじゃない・・」
メイリンは頭を垂れて指先で髪の毛をいじりながら呟く。
「気にするなよ。それよりさ、アスランさん見なかった?」
「え?見てないけど・・・あ、そういえばシンってばアスランさんに看病させてたんだって?」
「させてたわじゃないよ、あの人が勝手にしてくれて・・・」
今思えば恥ずかしいことに、アスランが包帯を替えてくれたり食事を持ってきてくれたり、仕事を代わりに片付けてくれたりしていたのだ。メイリンは少し顔を赤らめて言うシンに、先ほどまでのいじらしい表情を消し去ると、じいっと睨むように視線を送る。
「いいなあー、シンはアスランさんと仲良しで。あの人ってさあカッコイイよねえー。大人って感じだし」
「あのなあ・・・」
「なによー。わかんないよねどうせ。優しいんだよーあの時も書類最後まで運んでくれて、説明も全部してくれて」
「お前がテンパってたからだろ?」
「うるさい、ああーでも婚約者とかいるんだよね・・でもーそれも曖昧だって噂もあるしー」
シンはメイリンの独り言を聞き流そうと思ったが、聞いてるのかと言わんばかりに腕をぐいぐいと引かれて仕方なく話しに付き合う。
やはりシンはメイリンの持つ妹らしさに弱いのか、彼女の我が侭な言葉や行動もつい目を瞑ってしまいがちだ。それはシンにだけいえることではないのだが、メイリンは可愛いことで得をする術を知っている。
「でも、お前みたいなガキ相手にしないって、絶対」
「なんでえーシンにガキとか言われたくないもん!」
「そういうとこがガキなんだよ」
「むかつくー。そんなんだからシンはもてないのよ」
「もてなくて結構。お前みたいなのに興味ないもんね」
傍から見ればなんと微笑ましい若いお似合いカップルだろうか、通りすがりのうっかり副艦長アーサーは、ぎゃあぎゃあと喧嘩をするでもなく楽しそうな口論をしている二人に声をかけた。
「よっお二人さん、仲がいいねえ」
「違いますよ、副艦長。シンったら酷いんですよ」
「告げ口かよ、卑怯な・・・」
「ハハハ。いやいや仲良きことは美しきかな、それよりシンできることなら早めに報告書・・頼むよ」
「あ!す。すいませんすぐに・・」
アーサーの気さくさは艦内の人全てが知っている。副艦長といえば、イメージ的に参謀というものであり、カリスマ性とリーダーシップを持つ艦長を支える言わばブレイン的な役割を果たすものが普通のあり方なのだが、誰が任命したのか、この副艦長の役割は皆を和ませることなのか笑わせることなのか、殺伐とした戦場においてある意味必要な人材なのだろう。
とはいえ彼も仕事をしている大人だ、シンの報告書滞納をまあいいかで流せるわけではない。
シンはとてつもなく申し訳なくなり、直に提出すると誓った。
「あの、ところでザラ隊長を見かけませんでしたか?」
「ああ彼なら休憩室じゃないか?三日間殆ど休まず働いてくれていたみたいだからね、疲れてるんじゃないかな?」
血の気が引くとは正にこのことだ、すぐに謝罪、いやお礼をしなければいけない。
シンは敬礼をして忙しなく走っていく。
「おーい、シン怪我に障るから走るなよー」
「副艦長・・余計なこと言わないほうがいいと思いますけど・・」
「え?」
メイリンは溜息をつき、何か不味いこと言ったかなと首を捻るアーサーを引きずるように仕事へと戻る。
駆け込んだ休憩室のソファにもたれかかって、アスランは静かに眠っているようだった。
熟睡するには程遠いようなイスであったが疲れきった顔は眠気に勝てなかったのだろうか、こんな場所で眠るようなイメージのないアスランだったがしっかりと寝息を立てている。
お礼を言う。謝罪する。それには恩義を作りたくない、甘えきるのは嫌だという意固地なシンの思いもあるが、シンとて一人の人間である、やはりあの状況で自分の為にここまでしてくれたアスランに悪いという気持が多分にあるのだ。
しかし寝ている人を起こしてしまうのは忍びなく、疲れて眠っているところを不躾にたたき起こす趣味などない。
どうしようかと迷っている間シンは仕方なく飲み物を買って、そこでアスランが目を覚ますのを少し待ってみることにした。
寝顔は穏やかで、閉ざされた瞼がいつも綺麗なエメラルドグリーンの瞳を覆い隠している。
・・カッコイイんだなやっぱり・・
シンはアスランの寝顔を穴が開くほど見つめながらそんなことを考えた
女子士官たちが噂するのも無理はないだろう。アスランは聡明で且つ凛々しくも柔軟で、女性としてみれば憧れの存在だろう。
単純に顔立ちのよさだけで、充分にもてる要素はあるのに、アスランと云う人間はどこか憧れの対象としての要素を多く持っていた。
そして、シンも。認めたくはなかったがアスランに憧れを抱いた、だからこそ分かり合えない、すれ違う気持に苛立ちを感じ、自分の考えがまるで浅墓であるかのように叱られることが悔しかった。
シンは自分の信念を信じている。だからこそこうして戦える。それを否定されることはシンにとって苦痛でしかないのだ。
しかしアスランが認めてくれた、褒めてくれた。そのことがシンを夢を抱く素直な少年のような気持にさせてくれる。
・ ・・早く起きないかな・・。こっちを・・・
見て欲しい、そう思った瞬間シンは頭を振る。
アスランの瞼が先ほどからうろうろしているシンに気づいたのか、ぴくりと動いた。
シンは慌てて目線を下げてイスに座って寝ているアスランの高さまで来ると声をかけようと口を開く。
「・・キラ・・・?」
小さな声がそう呟いた。シンはかけようと思った声を押しとどめ、アスランの肩に手を伸ばした。
穏やかな眠りとは程遠い、まるで地を這い回るような寝苦しさで、それでも眠気に勝てず眠っていた自分の前に現れたのは確かに「キラ」だとアスランは思った。しかしその「キラ」は彼のような穏やかな目をしていない、敵意を形にしたような瞳で。
瞬時にアスランは延びてきたその手を?み素早く捻り上げソファに叩きつけ押し付けると、腰に下げていた拳銃を突きつけた。
相手が小さな悲鳴を上げた瞬間アスランは自分の反射的なその行動に現実を知り一瞬で冷や汗をかく
「シ・・シン」
「いっ・・た・・放してくださいよ」
「すまない!つい」
慌てて手を放す。敵と思い自分でも驚くくらいの俊敏さで相手を捻り上げ拳銃を突きつけた、その相手は自分の良く知る少年だ。
シンはアスランの手から逃れると捻られた腕とソファにぶつかったときに少しぶつけた瞼を摩る
「すまない・・シンお前と思わず・・」
「いいですよ、凄い反射神経ですね・・・。いてて・・一応怪我人なんだから・・」
「・・すまない・・・」
「いえ・・・オレのほうこそ・・あ・・この三日間色々すいませんでした・・甘えてしまって迷惑かけちゃって」
シンはぺこりと頭を下げる。
慌て首を振りながらも、アスランはまだ自分の行動の衝撃に揺れていた。
軍人として褒められるべき反射神経の能力だったが、同じ隊の仲間にすることではない。
「・・あの・・もう大丈夫なんで。迷惑掛けたお礼はいつかします。それじゃ」
「シン・・その・・寝ている間、俺は何か変なこと・・言わなかったか?」
シンは赤い目でじっとアスランを見る、そして首をふる
「別に・・なにも」
「そうか・・・」
夢うつつに見た、あの目はシンの目だったのか、敵意を形にしたような・・・。そう思ってしまったことがアスランは自分でも衝撃だったが、それ以上に?んだその手が想像以上に細かったことが気がかりだった。
女性の手のように小さく細く柔らかなわけではないが、どことなく心細い感じの否めないそういう手だった。
しかしそこまで考えて、すぐにそれを否定する。アスランは自分がシンに対して何故過保護になるのかわかったのだ。
・・キラに似ているのかもしれない
三日ぶりに復帰したシンが無心に仕事をするのを、皆が無理をするなと止めたが、今の彼の耳にそれは届かない。
やがて周囲のそうした声が邪魔となったシンは部屋に戻り、アーサーの願い通り報告書を仕上げようとパソコンの前に座った。
レイは相変わらず、疲れの色も見せず淡々と仕事をしている。
「レイ・・キラって・・」
「なんだ?」
「いや。いいんだ・・・。アスランさんて凄いな・・正直悔しい・・。寝ていたはずなのに凄い反射的に近づいて来た人間を警戒できるなんてさ・・そりゃフェイスにもなるよな」
シンはこちらを見もせずに素早くキーボードを叩くレイに訴えてみたが、レイはあっさりとそれをかわし呆れ声を上げる
「なんだ・・・そんなことか・・・」
「そんなことって・・なかなかできないぞ?・・すげえ怖い顔してた、うっかり殺されるかと思ったよ」
「お前が攻撃を受けたのか?」
「いや、一歩前。でも・・・・なんかおかしいんだよ俺」
「おかしい?」
シンは手首を摩りながら頷いて眉を顰める
「なんか・・気になるんだ、そんなの嫌なんだけど・・上手く言えないんだけど・・。」
アスランに惹かれている。認めたくはなかったが、彼に深い意味もなくただ恋焦がれるのとは少し違うがひきつけられていた。彼の優しさやシンにっとて憧れるに相応しい能力。しかしそれは同時にシンにとってはある意味脅威なのだ。
自分というものを揺るがす存在。
「シン・・考えるな・・お前は自分の誓ったこと、自分の目標だけを見るんだ・・自分にとって最重要事項のみを実行する、全てを選択すればやがて破滅する。全てを選ぶのは愚かで強い意志のもてない人間のすることだ」
レイの淡々とした口調には、彼なりの思いがあるのだろう。シンは彼のその言葉に深い賛同を覚えた。
そうだ、自分は迷っていられない、迷わない。
「そうだよな・・もう余計なこと考えない」
「・・ああ」
そして彼らはまた四人揃った。
シンは眼帯は外せないものの、傷も大分癒えたようで、左目はいつものように意志の強い光を放ち、真っ直ぐと前を見ている。
「ザラ隊長、お話があります」
アスランはよもやレイに呼び止められるとは思わなかったのか、面食らったような顔になるが、慌てて頷き,レイが促すように、シンやルナマリアのいない方へと足を進めた。
「なんだ話とは」
「シンを・・惑わさないでください」
「え?」
「シンは自分の信念に向かってのみ進むことが出来る。あなたの言葉やあなたの存在は時に彼を惑わせている」
「・・・そんなことは」
「シンは戦争を終わらせる要となる。その資格を持っている・・・」
レイの言葉が、アスランの頭の中を反芻していた。
遠くに見えるシンは、真っ直ぐ遠くだけを見ていた。彼は強いし、そしてまだまだ強くなれるだろう。
しかしそれにアスランは納得できなかった。ようやくわかった。
・ ・・シン戦争を終わらせることだけしか願っていないのは、強さとはいえない。大いなる目標は確かだ、でもお前はその先に何を見るんだ?平和になった世界で誰と幸せを夢見る?・・・・
シンアスカが見ているもの、それが確かにアスランに理解されているかどうかは定かではない
がしかし、アスランの感じた不安と、そして漸く理解できた「自虐」は確かな形となって、シンを覆い形作っている。
シンは恐らく何も願っていない。彼が目指すものは無なのかもしれない。それに気づいた瞬間
アスランは酷く焦燥感に駆られた。
彼は誰かを守る為にはなんでもする。だが自分を守る術を知らない、知ろうとしない。
アスランは奥歯を噛み締めて、ただ黙り込むしか出来なかった。
少年は目を凝らしそして見えている左目だけで的を狙い銃を撃ち放つ。
「・・・俺は迷わない・・・」
的を掠って外れた弾丸が置くの壁にぶつかる音がした。
シンは眉を顰めそして小さく俯いた。
甘えが弱さを生み、誰かに頼れば戦えなくなる、そして誰も守れなくなってしまう。
だからアスランはシンにとっては邪魔なのだ。邪魔だと思わなければいけないのに、シンは無意識のうちに涙を流していた。
「なんで・・泣いてる?おれ・・」
泣きたいなどと思わない、泣く理由なんてないはずだ。
少年はただ飛びたいと願い、遠い宙を見上げた。
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