地球に重力があるのは

 

 

Side/R

  

「お姉ちゃん、やっぱり戻るの?」

 

鈴の音のような甲高い少女の声音が、二人きりのアパートの一室に響いた。

戦火が鎮まり・・いやというよりその戦火の行く先がどこなのか分からなくなり、動けなくなった兵士たちは戦いをやめた。

それがこの戦争の終戦の形だった。

 

ルナマリアは思い出したかのように痛む片腕の古傷を押さえると手早く着慣れた軍服を着て、妹と二人で休暇をとっていプラントでの穏やかな生活に別れを告げることにした。

彼女の腕に残った傷跡は、彼女自身忘れ難いものとなった、完全なる敗北感、自分が何にもなれなかったことへの失意で、ルナマリアは一時軍役を退くつもりでいた。

 

戦争は終わったのだ。

 

「・・・私が戻らないと・・だって誰もいないじゃない、ミネルバの・・みんな誰もいないんだよ」

「知ってる、だから私も一緒に戻るの」

「あんたはいいわよ、今戻っても、会議会議の毎日で、どうせコピーとかお茶くみとかそんな仕事ばっかよどうせ」

「・・でもいい、戻る・・お姉ちゃんと行く」

 

退いた筈の軍役に復帰する覚悟を決め、部屋を出ようとした彼女に妹はついて行くと行って聞かなかった。

メイリンの危惧することは、戦闘による色んなものの喪失ではなく、姉の精神バランスだった。

戦争は終わった、居場所をなくした、そしてルナマリアはただなき崩れ毎日が喪失感に満ちていた。もう何もない、今まで自分が何をしてきたのかさえ分からなくなる。

それはどこかで予感していた、自分たちが何をしているのか分かっていないこともルナマリアはどこかで知っていた。けれどそれを否定するほど彼女は見た目ほど自信過剰ではなかったのだ。

それゆえの結果がこれだ。

 

まるで一方的とも思える終戦は、目標を見失った・・という結末で終わった。

殺戮をする理由をなくせば、人はあっさりと剣を下ろす。そしてまるでなかったことかのように平和に逃げ込む。

本当に平和になったのか、渦巻く疑念と周囲の混沌とした不穏な空気は、ますます彼女を狭い部屋へと押し込んでいた。

 

「このままじゃ私消えそうだから、だから戻るのよ・・あんたはここで普通に暮らしていても・・」

「一人じゃ駄目なくせに。」

 

図星だった。妹に本心を見抜かれていることなんて驚くほどのことではない。

ルナマリアは妹の手を握る、まるで幼い頃のように

 

「じゃ一緒にいこう。メイリン」

 

 

 

ザフトの直属の医療機関、戦争終結後、機体が大破し、動けずに留まっていたルナマリアと「彼」はすぐさまそこに運ばれ治療を施されたが、幸か不幸か二人とも死ぬ要因などどこにもないというほど軽傷だった。

上手くかわして機体の動力部だけを狙われたのだからそれもそうだ、激突した衝撃で多少の打撲を負ったものの、命に別状などない。

生きていた。ルナマリアは「彼」が生きていることを喜んだ、彼は泣いていた、その涙の意味するものを本当は誰も知らないのかもしれない

 

その二人が運ばれた医療機関に、ルナマリアは少し伸びた髪の毛を撫でつけながらやってきた

 

「すいません、ザフトレッド、ミネルバ所属のルナマリアホークです。面会はできますか?」

「ええ・・許可があれば。許可証はお持ちですか?」

「・・・誰の許可をもらうんですか?」

 

小さくルナマリアの毒づいた言葉を、看護士は聞き取れなかったようで、え?と聞き返すが、ルナマリアは笑顔で出直します、と言いその場を立ち去った。

 

「許可なんて・・なんでいるのよ、誰が決めるのよ・・・」

 

踵を返し歩き出そうとしたルナマリアの吐いた言葉は、彼女が会いに行こうとした「彼」との面会を遠まわしに断られたことへの毒だ。そして彼女自身が自分に吐いた毒でもあった。

 

 

 

しかしこのままザフトの基地へ向かおうと、妹の待つ車を目指すルナマリアの足元に影が一つ落ちた。

 

「・・・あんた誰?」

 

 見慣れた黒髪と、燃える様な紅が眼の前に突然飛び込んできて、ルナマリアは息を呑んだ。

病院の服に身を包んだやけに痩せた少年だったが目つきは鋭く、まるで殺意しか抱いていないような目だった。

 

「・・・ちょっとお見舞いに来ただけよ・・・」

「ふうん・・・。誰のお見舞い?」

 

面食らったルナマリアは平常心を保つのに必死だった。

 

「シン・アスカくん。まだ君は治療中だから、安静にしていないとだめだよ」

「こんなところにいたの、すみませんでしたホークさん。さあもう結構ですので行ってください」

 

駆けつけたのは医師と看護士、彼を捕らえて宥めるように病室へと戻そうとしている。

謝られる理由なんてない、ルナマリアには彼に会う権利があったはずなのに。

私が彼の友人ですと、声高に言いたかったが、医師たちだってそれを十分過ぎるほど知っていて敢えてまるで他人のように言うのだ。

急に何かが抜け落ちたようにぼんやりとしたシンを連れて行く看護士たちの背中を見送りながら、ルナマリアは声の限り叫びたくなるのを必死で堪えていた。握った拳から血が滲むほど。

しかし、それはできない。

 

シンから先に目をそむけたのはルナマリアだったからだ。

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん、会えたの?・・シンに」

 

心配そうに自分を窺う待っていたメイリンに、ルナマリアはこまったような笑みを浮かべた

「・・会えなかったよ・・シンには・・」

「そう・・・残念ね・・・」

 

車が走り出す。

これから先に待ち受けることを予感しながらも、ルナマリアは生きていく道を選んだのだ。

車が走り出す。

これから先に待ち受けることを予感しながらも、ルナマリアは生きていく道を選んだのだ。

そしてもう一度「シン」に会いたい、そう思ったそのときから、彼女とたちの新たな戦いの日々が始まる。


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