嵐の日

 

 

ルナマリアは少し乱暴に髪の毛をかき回すように洗い流している。

その姿を見ながら、メイリンは薄汚れて帰ってきた黒髪の姉を心配そうに見ていた。

 

「お姉ちゃん・・・どうするのそんなにまでして・・」

「ああ、ちょっといいとこにいたわ。その辺に黒いの散ってない?」

「散ってますよー。もうあとで私が拭くわ。それにしてもそんな男の子みたいな格好までする理由なんだったの?」

「なめられるからに決まってるでしょ、女で、しかも戦後とあってはねいくらエースパイロットとはいえ軽く見られちゃうのよ」

 

 メイリンはルナマリアのそんな言葉に、そうかなあと納得いかないといった声を上げて、姉が髪の毛をかき回すたびに飛び散る、黒い液体を拭きとっていた。

簡易的に黒く染めていた髪の毛はやがて彼女のもとの赤毛に戻っていく、それを眺めながらメイリンはまたブローしなきゃとクシやトリートメントを用意し始めた。

 

 

 ルナマリアはあの資料の内容をまだきちんと把握していない。

恐らくはレイに少なくとも関係性はあるだろうと踏んではいたが、事実それに目を通すまもなく没収されたようなものだ。

しかしこのまま待っていればアスランのほうから何らかの形で表面上は命令という形で何らかの指示が出るはずだと思い、今は待つことにした。

 

「それにしても本当に誰かわかんなかったわよおねえちゃん」

「そう?結構いけてた?」

「お兄ちゃんが出来たかと思った!」

 

ルナマリアは苦笑して、タオルで髪の毛を拭くと、イスに座り息をつく

疲労感と緊張感から少し解放された穏やかな安堵感が全身を包み込み、ひどく眠気を感じた。

そんな彼女と妹の部屋に急な呼び出しがかかる。

ドアの前にいる人をモニターで除いたメイリンは相手が自分のよく知る二人だと知ると安心してドアを開ける。

 

「ヨウラン、ヴィーノ。どうかしたの?」

「大変だルナマリア!」

「え?なによ急に」

「ってお前どうしたんだよその頭」

「どうでもいいの、そんなこと。さっさと用件いってよ疲れてるんだから」

 

ルナマリアは入り口でバタバタとして落ち着かない二人を叱り付けるように言うと、二人は慌てふためいた様子のまま手持ちのポケットサイズの端末を掲げて見せた。

 

「たった今伝令が来て、ルナマリア。明日から地球の基地に配属だって!」

 

「ええ?!」

 

 

 

 

人員配置を決定したのはイザーク・ジュール、そして彼にそれを秘密裏に依頼したのはほかでもないアスランだった。

元々誰かが地球に行くことにはなっていた。しかし今このときに自分が配属されることになるとは思わなかったルナマリアは、話を聞きにアスランのいる議会所へ向かおうとした。

しかしそれより一歩早く、呼び出しは向こうから掛かってきた。

 

「ルナマリアホーク。以下の者に地球基地での勤務の命を言い渡す」

「はい」

 

敬礼をしてイザークから命令書を受け取ると、ルナマリアはちらっと数名の議会役員の中のアスランを見た。

役員たちはアスランとルナマリアの関係性に疑いを抱いている。

 

「ザラ殿、よろしいのですか?彼女はもともとあなたの直属の部下だったとか・・・」

「私の疑いの原因となるなら除去するのも当然です。戻ったばかりの彼女には悪いとは思いますが仕方ないでしょう」

 

アスランは淡々と役員の声にこたえた。

わざとだと、そう気づいたときルナマリアは、アスランが何かとんでもないことを掴んだのではないかという期待と、それに並んで湧き上がる焦燥感を覚えた。

ルナマリアを役員の目の前で突き放すことで、疑わしさを軽減しつつ、先回りで地上へ送るのがアスランの目的だ。

議員たちはまんまと丸め込まれている、笑いが出そうなのをこらえてルナマリアは毅然とした振る舞いのまま命令を受ける。

 

 

「・・・これはどういう仕事ですか?」

二人きりであることを入念に確認し、ルナマリアはアスランの横顔に呼びかける。

少し痩せたようにさえ見える疲れた顔のアスランに、彼女は彼の意図することを早く聞き出したくて堪らなかった。

 

「君はオーブで、キラに会ってほしい、資料のコピーを彼に届けてくれ」

「なにが見つかったんです?」

「・・・レイは生きているかもしれない。本当に・・・それに・・もうすぐ議会は本気でシンを狙ってくるだろう」

「・・・目の届くところで彼を守るのが使命ならそうします。でもあなたはどうするんです?」

「俺は大丈夫だ。それよりキラ以外の人間については接触しようとしないでほしい」

「・・・どういうことですか?」

「・・俺とキラの繋がりをおそらく議会は知っている、知っていて手出しできないのは、俺がまだ行動を起こしていなように見えるからだ。アークエンジェルの所在が明らかになれば・・完全に不利だ」

「アークエンジェルとともにいないんですか?キラヤマトは」

「ああ。アークエンジェルの所在は俺も分からない、というか知らないようにしている」

「・・・・なるほど・・それで。レイとはどうつながりが?」

 

ルナマリアは一枚のコピーされたディスクを手のひらで弄びながらアスランの様子を伺う。

 

「レイのコピーが、どこかにいるはずだ。どこにいるかは分からない。だがそれとシンが接触することは・・・不味い事を引き起こす。君はキラに資料を私注意を促して、地球の基地でオーブとその周囲を見ていてほしい」

「分かりました」

「すまない・・・こんなことを頼むことになるなんてな」

「いいえ、自ら志願したことですから」

 

彼女に下された指令は、地球での周辺観察だ。動きがあればそれがすぐにプラントに伝わるようにするための伝令の役割でもある。

微妙な距離感を保ち続けるプラントとオーブの間で彼女がその双方の動きを監視することで、自体の本質を探り当てようというのが本来の目的だが、それにはまだ材料が足りない。

そこまでプラントがシンにこだわるのは、単にキラ・ヤマトに対立する目的だけではない。

アスランはまだ雲の中の疑惑に目を凝らす。そこにはやはり議会の重鎮たちの姿が見え隠れしている。

指導者を失ったプラントをの地位を高めようとする輩の思惑が、未だに明確なものとして伝わってこない。それでもいち早く行動を起こすしか今はできない。

 

ルナマリアを部屋から送り出したアスランは、イザークに彼女を送ってくれと頼み、そしてドアを閉めた。

息が苦しい、激しい喉の渇きを感じ、コップに水差しに入れた水をいっぱいに注ぐと一気に飲み干した。

この不安感の正体はなんだろうかと、アスランは自分の左手を右手で握り締めた。

うまく立ち回り、そして行動したつもりで、もしかすると罠に嵌ったのは自分のほうなのではないだろうか。

外の景色は穏やかだというのに、アスランの心はまるで嵐のようだった。

 

 

 

 妹の身に不安がないわけではなかったが、彼女にはヨウランたちがいるし、近いところにアーサーもいる、そしてディアッカが、あとは任せな、と信じていいどうか分からない自信たっぷりの励ましをくれた。

今は自分の出来ることをするしかないと分かっているからこそ、ルナマリアは命令通り地球の基地へと降りることにしたのだ。

 

 別れ際泣き出しそうな瞳をしていた妹を思うと胸が痛んだが、ルナマリアはシャトルに乗り込みプラントに別れを告げた。

 

 

 

 

 ルナマリアを地球へ送り出したその日、アスランへの疑いを晴らしたのか、議員の数名が急に気さく飲みに行こうと誘いを入れてきた。

断ることは出来ずアスランは彼らの夜の遊びに付き合うこととなる。

あまりいいとはいえない体調で黙って愛想笑いだけを浮かべアルコールを摂取するアスランは、もっともあいたくない人に出会った。

 

「おや・・愛しい部下とはなれたザラ殿の傷心パーティーか何かかなこれは?」

 

ノーマン・オドネルの光のない瞳が、アスランを見透かしたように見つめている。

 

「どうです一緒に。結構飲めるみたいですよザラ殿も」

「ご一緒させていただこうかな・・紹介したいものもいることだし」

「紹介?おや誰ですか?」

 

男たちがノーマンのほうを興味深げに見つめると、彼は豊かなひげを撫でながらバーの入り口に立つ人物に手招きをした。

 

アスランがグラスを落としたのは言うまでもない。

背筋を伸ばし、長い金髪を揺らして足音静かに歩いてくる人物、それはアスランのよく見知った人物だった。

 

「お久しぶりです、ザラ隊長・・」

 

「・・・・レイ!」

 

それは紛れもなくレイ・ザ・バレルだった。

声姿かたち、紛うことなきその出で立ち。それはアスランがこれから見つけ出そうとしていた彼その人だったのだ。

 

ノーマンはアスランの青ざめて驚いた様子に満足げな笑みを浮かべる

 

「如何かな、昔の部下に会った気分は」

 

レイは敬礼をしてそして少しだけ口角をゆがめて笑った。

音が何も聞こえなくなった。水浸しの床も、周りで会話を楽しむ議員たちの声も心の片隅にも入ってはこない。

それは嵐と嵐の間の不気味な静けさに似ていた。

 

「・・・レイ・・なのか・・?」

 

彼はマリンブルーの瞳をアスランにむけ、そして手を差し伸べた。握手を求めるそのレイの手は握り返すアスランの手に氷のような冷たさを伝えた。

 

 

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