レイ

 

 

 

日々顔色のよくなっていくシンを見ていることで、キラの心はほんの少しだけ軽くなっていた。

彼自身たった一人、いつ迫りくるか分からぬ見えない敵に目を凝らし生きている。

一年前、それでも自分は戦うのだ、とプラントの指導者だった男に誓ったことを決して忘れはしない。

 

アークエンジェルは相変わらず雲隠れし、この家も、シンが来るまでキラ一人で生活する空間だった。アークエンジェルと、オーブ、そしてアスランとの中継地点としてここを利用する生活は決して楽しいものではない。

しかし今は自分に笑顔を向けてくれるシンがいる。

それがまるで彼を騙しているようなことだったとしても、キラには今はそれだけが救いだ。

 

「シン、今日は何があった?」

「うん、海を見てた。あのさ今度・・人連れてきていい?」

「え?」

「友達なんだ。・・多分」

「多分友達?それってオーブの子?」

「・・・うーん・・・まあ会えば分かる、俺と似てるんだ、いろいろ」

 

キラはシンが意欲的に人と接しようとすることは、身を隠すべきとはいえ、喜ばしいことだと思っている。大事に隠して何もさせずいるだけでは、守っているとはいえないし。それでは病院にいたときと同じになってしまうだろう。

 

「あんまり変なことにはクビつっこまないでね。いいよ友達なら歓迎するよ」

「うん、まあ嫌がるかもしれないけど、きっと連れてくる」

 

嬉しそうに明るい笑みを浮かべたシンの頭をぽんと撫でると、キラは部屋へ戻っていった。

シンはその老人のようなゆっくりとした動きを見ながら、キラはおじいさんみたいだ、と呟いて、彼の作ってくれていた食事をつまみ食いした。

 

 

 

 

一人部屋に戻ったキラは、パソコンのメールボックスを開いた。

新着が一通、相手は匿名だったが誰であるかは直ぐに分かるものだった。

 

『キラ、ルナマリア・ホークをそっちへ送った。彼女からある資料を受け取ってほしい、それとこれはシンには知らせないで欲しい、レイ・ザ・バレルが生きている。シンのブロックワードが不明な以上過去にまつわる言葉は耳に触れさせたくない。頼んだ。俺はもしかすると本当に動けなくなるかもしれない』

 

そのメールを開いてキラは目を見開く。

レイを死なせてしまったと思い込んでいたキラとしては救われる話だが、どこかそんな穏やかな話ではないようだった。

彼が生きているとすれば、何故それがまだ謎のままなのか、彼の所在を誰かが隠蔽しようとしていたとしか思えない。有名であれば誰もが所在を気にするはずだ。その彼の生死が不明なままで、しかし生きている可能性が高く、しかしそれが謎ということは事実、第三者の手がそこには間違いなく加わっている。

 

 今はルナマリアを待つしかない。

キラは合図のようにメールを受け取り内容を把握したときに返していたお決まりの一文を返信した。

 

「今日は海がとても綺麗です、プラントの生活がどうですか?また連絡ください」

 

アスランからのメールはキラ以外は確認しないし、送信者であるアスランはそれを即座に消してしまう。

しかし逆のメールは他人により盗み見られる可能性が高い。それを回避するためにアスランに対してキラが了解という意味で返すのはこの一文だった。

 

 

 

 

 「レイ」は確かにそこにいた。

 

アスランは昨夜バーでであった人物がレイであるとはっきりとその目で確認している。

俄かに信じがたい現状を、アスランはしっかりとかみ締めるしかない。

まるで計算されたかのように、ノーマンはあの場にレイを連れてきた。

そして彼は戦後生きているのを発見され、そして今まで病院にいたというのだ。

 

それなら何故ザフト軍は何も知らない?

 

そうアスランが返すこともないまま、その場は流れていた。

これを再会と喜び、ルナマリアに教えてやることが、どうしてもアスランにはできない。

 

部屋をノックする音がアスランの心臓に杭を打ちつけるように響いてきた。

 

「はい」

 

「私です。ザラ殿にお話があってきました」

 

「・・・・・レイ・・か・・」

 

「そうです」

 

アスランはこれを拒絶できない。

滝のように流れる冷や汗が背中を伝う感触を感じながら、アスランはドアをそっと開く。

やはりそこにいたのは、一年前より少し大人びたように見える「レイ」の姿だった。

 

「オドネル議員もご一緒でしたか・・。何の御用で?」

 

「ザラ殿、ちょっとよろしいかな?あなたに・・・どうにも疑惑がかかっているようだ」

 

ついに囚われてしまったか。

アスランの予感は的中していた。反論することは今はできない。

 

「何のことか分かり兼ねますが・・お話なら私も彼に聞きたいことがあるので・・・」

「ならば話が早い。・・一緒に来て頂きましょう」

 

レイはそういうとアスランの手に、手錠を掛ける。

ピーという電子音が、ロックしたことを知らせると、アスランはいよいよ足が重くなったように感じた。

 

「これはなんの真似だ、人を犯罪者みたいに・・・」

「残念ですが議会役員の過半数の意見により決定した事項です、あなたには少々手荒ではあるが、容疑者として尋問が必要だという意見がね」

 

 アスランを見るその冷ややかな視線は、どこかあのメイリンをつれて逃亡した日に見たレイの自分を睨み付ける、そのときの視線に似ている。

遅かれ早かれ、いずれはこうなる日がくることを少なからず予見していた、アスランは、素直にそれに応じ、促されるままに部屋をあとにした。

 

 アスランの出て行った部屋に届いたのは、キラからの開かれることのないメールだった。

 

 

 

ルナマリアは眠い目を擦り、時間を確認する。

シャトルの中のあまり快適とはいえない睡眠状況に疲れた彼女の小さなPCに妹からのメールが届いている。

 

「・・・え?」

 

眠いせいで夢でも見ているのだろうか、とルナマリアはもう一度目を擦る。

 

『レイが戻ってきたの、急にひょこりザフトの制服着て帰ってきたのよ!オドネル議員の補佐をやってたわ』

 

妹の衝撃的なメールに眠気は一瞬で消える、このことをアスランは知っているだろう。

そうなったときプラントでは何がおきているのか、今のルナマリアには皆目検討も付かない。

ともかく重力に吸い寄せられるように、地上へと近づくシャトルの中で、彼女はただ一人でまた不安を感じていた。

妹に今回の仕事のことも何も言わずに出てきたルナマリアは、あまり派手にその真偽をメイリンに問いただすことができない。

 

「・・一体どういうことなのよ・・これ・・」

 

彼女は独り言を呟いて、不安げな表情で地球を眺めた。

レイが生きていてうれしいはずなのに、何故か不安だけがやけに強くなっていた。

 

 

 

 アスランは硬い革張りのイスに座り、入れたての暖かいコーヒーを差し出されて、そしてじっと見つめられていた。

自分を見ているのはレイのはずなのに、まだ自分の目を疑いたくなる。

 

「レイ・・・君は・・生きていた・・・何故これまでそれを隠していた」

「そんなことあなたのような裏切り者に関係はありません。それよりもあなたにはいくつか質問があります」

「答えてくれ。君は・・・誰だ?」

 

アスランは震えそうになるこぶしを押さえ込み、レイを見返す。

彼は何も答えず無表情のままに、顔を強張らせているアスランを傍観しているように見下ろしていた。

低い笑い声を上げ、老人議員は不敵な笑みを浮かべ、その様子を眺めている。その低い声以外にたいした物音もなく、静まり返った室内で三人の静かな呼吸だけが聞こえる。

嫌な予感は的中した。

既にアスランの行動は彼らに知られてしまっているということだろう。

重苦しい沈黙を破り、レイがアスランに向かって口を開いた。

 

「・・シンを返してください」

 

「・・・何のことか・・わからない」

 

「あなたは・・そうやっていつだって裏切り続ける、卑怯な男だ・・・」

 

三度目はない、そう言われたのは数週間前のことだ。

これはその「三度目」なのだろうか。

一瞬の隙を突いて部屋から逃げ出すことはできるだろう、しかし今のアスランにここから飛び出したところで逃げ場はない。

 

「・・一度だけ猶予を与えてもいいだろう・・レイ。シン・アスカのことはまた追々行方を見つけてこちらで「保護」できる。まずはこの食えない若造をどう調理するかが先だ・・。どうだね・・ザラ君・・われわれに従い、君のその能力使わせてもらえるのなら「あのこと」を許してやらんでもないよ?」

 

「あのこと?・・・なんのことでしょう・・私には」

 

ノーマンの瞳が光る。彼は不敵な笑みすらやめて、まるで射殺さんばかりにアスランを見つめる。年寄りの人を見る目とは思えないほどに、それは殺意と憎悪、そして欲に満ちている。

 

「ねずみを一匹・・潜り込ませただろう・・・?」

 

「・・!!」

 

「残念です、私も彼女と話がしたかった・・まあいずれできることでしょうが・・・。問題はあなただ・・信頼する護衛たちを失いたくは・・ないでしょう?」

 

「悪い条件ではないよ・・少し・・プラントの為に・・本気で働いてもらいたいだけだ」

 

その働きはなにを狙っての働きか、アスランは迷わず首をたてに振るようなことはできない。

しかし断れば殺される、そしてイザークたちを本当に巻き込むことになる。

乗りかかった艦だといったディアッカの言葉に寄りかかり続けることはできない。

 

「・・・そうですね・・私もまだ命は惜しい・・それにまだあなた方と話がしたい・・条件はなんですか?」

 

アスランは額に滲む汗を隠して少し笑って見せた。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送