三番目は誰か

 

 

 帽子を目深にかぶり、やはりまるで少年のような扮装で、ルナマリアはゲートを抜けた。

プラントの市民であることを隠す必要はないが、彼女が地球に下りたのは、あくまで地球基地の駐在、という任務あってのことだ。

表向きそういった理由がある以上、無駄にオーブの中をうろうろはできない。

自分が既にある程度睨まれていることに気づかないほど彼女がおろかではないし、そうしたことでアスランになにが起こるかわからないことも、承知の上でのことだ。

 

 オーブへの入国許可をもらう手続きを済ませ、彼女は予定通りの運びで、キラ・ヤマトが住む家を目指した。

 

バスは一般市民たちであふれ返り、窮屈さを感じないでもないが、皆穏やかで楽しそうな表情をしている。

これが平和というものか、と彼女が痛感した。

プラントにいても感じる、どこか「戦わない」というだけの平和の不安定さ。そういうものがこの地にはない。

戦後の爪あとには、優しい特効薬がしっかりと塗りこめられているかのように、すべての市民に分け隔たりなくフォローがなされている。

被害のひどい地域には可能な限りの支援と、そして代表自らの働きかけでの地域活性化、そして相互協力体制がなされている。

 

彼らはそう。自分ひとりでは何もできない。ということを知っているのだ。

コーディネーターはいわば自分至上主義、遺伝子に無意識の絶対的誇りを持ち、他者より優れた自分の能力を自覚するが故に、他人を頼らず、そして自分ひとりで何でもできると思っている節がある。

それがすべてではないし、コーディネーターが皆利己的な生命体であるとは限らない。

しかしルナマリアも今回の件でしっかりとコーディネーターのよさも寂しさも知ったのだ。

 

「・・いいな・・・・」

 

こんな風に暮らせたら。

一瞬そんな考えが脳裏をよぎり、慌てて首を振ると、バスのアナウンスにしたがって降車ボタンを押した。

 

 

海辺に佇む一軒家、その家の前の浜辺に一人の青年の姿があった。

ルナマリアは正確には彼と対面したことはない。

一年前、動向不審としてアス尾行した際、キラの姿は彼の姿はもちろん見ているし、彼の声だって知っている。

しかし対面することなどなかったはずなのに、ひどくその姿を懐かしく感じた。

彼は振り返ると、ルナマリアに小さく会釈して、そして柔らかな笑みを浮かべると、穏やかな口調で「こんにちは」と言った。

 

「・・・あなたが・・キラ・ヤマトさん?」

「そうだよ。ルナマリア・・だよね?」

「初めまして・・なのかな」

「アスランからよく聞いてるよ。どうぞ待ってたんだ」

 

アスランがキラに自分の何を言ったのか、などどうでもいい。

ルナマリアは、嘗ては自分も恨みさえ抱いたこの男のあとについて、小さな家へと踏み込んだ。

 

 

 

「カガリ様、これから1時間のインターバルに入ります。仮眠をおとりください。」

「ああ、すまない。そうするよ・・・」

 

カガリに休息の時間はない。

こうしている間の僅かな時間に仮眠を取り、そしてまた次の仕事へと向かう。

要請があれば彼女が各地どこへでも向かう、戦後の復興に努める市民のフォローを事欠くことはなく、どんな小人口の都市でさえ喜んで向かう。

 

心優しき国家元首。誰の目にもそう見えるだろう、国民の支持率の高さは他国に類を見ないほどのもので、父にも並ぶものだ。

しかしそうではない者、反アスハ政権もあるし、そもそも国家を担う立場として若すぎるカガリを非難するものがいないわけはない。

 

 

・・疲れたな・

 

 

眠ろうとしてカガリの目に飛び込んできたのは、道路を自転車で走る一人の少年の姿だった。

海岸線の道沿いに行くその少年の姿は彼女がよく見知ったものだった。

 

「とめてくれ!」

 

咄嗟に車を止めさせて扉を開けると、カガリは一人走る少年を止める。

 

「シン、なにをしているんだ?」

「あ、カガリ様」

「カガリ様はやめてくれ、それよりどうして一人で?どこへ行くんだ?」

 

シンはカガリの姿を見ると嬉しそうに笑ったが、問いかけに対しては答えをはぐらかすような素振りをみせた。

 

「えっとー、散歩。海岸線沿いに・・走るんだ」

「・・そうか。まあ天気もいいしな。お前キラに心配かけるなよ」

「分かってるよ。それより忙しいんじゃないの?」

 

シンはカガリの周囲についている助役たちが不審な目でこちらを見たり、やたら時計を気にするのを見て、思わず口にした。

慌てて背後の彼らに大丈夫だよ、と手を上げて合図をし、シンには気にするな、と笑顔を見せた。

 

「ああでも、会議もあるからこれで失礼するよ、お前も気をつけて帰れよ」

「うん」

 

カガリはせかせかと車に戻ると、小言を言おうと彼女を囲む彼らに藁って謝っていた。

そして発車する車の中から手を振るカガリを見送りながら、シンは誰にも言わずに行くと決めた場所へと向かう。

 

 

 

 

 「・・・これがそのデータか・・」

 

 キラは神妙な面持ちで、ルナマリアから受け取ったディスクを見つめた。

僅か数グラムの重さしかないのに、酷く重いそのディスクを下ろした安堵感で、ルナマリアは自分が汗ばんでいたことに気づく。

背中に滲む不快感は、女性である彼女には辛いものだろうが、彼女は軍人だ。

 

「それで・・シンはどこに・・?私・・妹からレイが帰ってきたって言う話を聞いて、そのこともあって早くシンに会いたくて・・」

「ああ・・・それが、なんだか最近ちょっとするとすぐに自転車で遠くまで行ってしまうんだ。別に悪いことではないんだけど、夕刻には戻るはずだよ」

 

そんな悠長な・・と反論しかけて、ルナマリアはシンが今は普通の少年として生活しているということを思い出した。

レイが生きている、と説明したところで不毛な話だ。記憶がないのだから。

 

「わかりました。仕方ありません、シンに会いたいから少し待たせてもらいます」

「うんそうだね、それじゃ夕飯も用意するよ」

「ありがとう・・」

 

 

ルナマリアは穏やかな笑顔のこの男に対して抱く疑念が、全くないわけではい。

こうして対面し会話を交わしていても、まだ彼が見ていたもの、感じていたもの、彼の目指したものの本当の姿は、まだ一度も自らの意志で戦場を変えるべく戦ったことのない彼女には見えない。

しかしキラの心は果てしなく穏やかだった。そしてディスクを手にした瞬間キラは、お礼を言うとともに、遠く離れた友の身を案じるように空を仰いだ。

 

それだけだった。

 

キラはアスランについてルナマリアに聞くことはない。

彼女も分からないことを答えようはない。

 

 

 

 カガリに出会ったのは計算外だったが、シンは今日も迷いなき眼でフェンスの向こうを見つめ立っていた。

レイが犬とともに再びここへ来るという確証はなく、こうして毎日見に来ていても、一度たりともレイが来ることはなかった。

 

葉が擦れる音が山のほうから聞こえてきた、何かが近づく足音と気配。

シンはそれがレイとギルバートではないかと密かな期待を胸に山のほうに視線を向け、自転車を手放した。

 

「れ・・・・」

 

レイではなかった。

瞬時に飛び掛ってきたのは、レイより一回りは大きな手と、夕暮れの日差しに反射するナイフの放つ光。

危険を察知してその場を一歩下がったシンが見たのは三人の男。

 

「くそ、こんなところにガキがいやがった」

「殺せ!海に放り込めばいい!」

 

そんな会話が聞こえたかと思うった途端シンの足は竦んで動かなかった。

ナイフが飛び込んでくる。

 

「屈め!」

 

よく通る声がそう叫んだかと思うと、シンは自らの意思で屈んだわけではなく転んだに過ぎないが、地面に無様に尻餅をついていた。

 

動物の爪がコンクリートの地面を鳴らす音がして、犬の唸り声が聞こえた。

黒い毛並みが目の前を飛び去り、シンを殺そうとしていた男の頸をめがけて牙を剥く。

シンが見上げた先では、レイが素早くナイフを構え一人の腕を捻り上げるという光景が繰り広げられていたのだ。

 

「れ・・レイ!」

 

「シン逃げろ。こいつらは・・」

 

「危ない!」

 

シンはレイに振りかぶる男の懐にすかさず飛び込んで横倒しになるかのようにわき腹を突いた。

頭の中が急にすっきりしたように動き出す。

竦んでいたはずの足がまるで他人のもののように軽い。

意識もせずシンは男のナイフを奪い取り男の指を切り落とした。

 

「!!!」

「うわああ!」

「な・・・このガキ!」

 

拳銃が出る、そう察知した瞬間シンとレイはナイフを振り下ろしていた。

 

 

 

 辺りに広がった血は彼らのものではない。

 

シンは震える手を押さえ込む。

今の自分が信じられない、迷いなく人を殺めてしまったのだ。

二人と一匹の立つ足元には、三名のゲリラの遺体が残されていた。

殺したのはシンとレイだった。

 

「やるじゃないか・・シン」

「馬鹿なこというな!誰が好き好んで・・・。お前なんでそんな冷静なんだよ!」

 

「さあ・・・俺は・・軍人だからかな・・」

 

レイの横顔は、血に濡れたナイフよりも鮮明に映る。

彼の横顔を恐ろしいと思う反面、シンは内側から湧き上がるような何か熱いものを感じた。

争うことや殺戮がすきだというそういう熱いものではない。

レイに対して感じる、何か運命めいた感覚だった。

 

「・・シン、お前は普通に暮らしていけばいい・・」

「そうはいかないだろ・・もう・・」

「・・・・そうだな」

 

足元に転ぶ三名のなぞの軍人の死体のポケットや手荷物をレイは開く。

シンはそれが素性を知るために必要な行為だとわかり、黙ってみていた。シンは死体など見たことがないと思っていたのに、、妙に冷静な自身が不思議でたまらなかった。

 

「・・・どうやら、オーブのIDを持っているが彼らは連合の兵士のようだ」

「え?連合って・・・あの連合?」

「ああ。恐らくこの和平の間にオーブの情勢と、秘密を探るために放たれた死角だろう、おそらくどこかでオーブの兵士を殺害している・・」

 

IDカードは彼らとは一致しないオーブの兵士のものだ。

 

「許せない・・・なんでこんなこと・・せっかく平和なのに・・」

「それが戦争だ、戦争は終わったわけではない」

「・・・お前・・なんでそんなに分かってるのに自分のことわかんないの?」

 

シンはレイに感じる違和感の意味を知った。

彼の持つアンバランスさは無垢な子供のように、己を知らず真っ直ぐであるのに、どこか冷たい機械のように冷静さにある。

崖の下に二人で遺体を投げ込んで、波間に消えるそれを見つめていた。

 

「・・・ともかく・・・レイ・一度家に一緒に来てよ・・こうなってしまった以上は、俺たち運命共同体だろ?」

 

シンは自分の強引さに少しばかり驚いていた。

しかしありえないと思っている現状、スパイ兵士の攻撃に対して自分が行ったこと、そしてレイとのこと、すべてが運命的に感じられていた。

 

レイはそのシンの真剣な眼差しに、反論をやめた

 

「分かった・・・俺もこのまま戻れない。一緒に行くよ」

 

 

 

 

 夕飯の出来上がる暖かな匂いが立ち込める部屋、その中でルナマリアはデータを見ながら息を飲んだ。

こんな穏やかな家の風景に不釣合いな生々しい実験記録の数々が、彼女を現実と非現実の境で揺り動かす。

 

「つまりはプラントは極秘裏に人間兵器の開発にいそしんでいたってことか・・。そうするとプラントはシンを探しにくるはずよね・・」

 

 表から犬の鳴き声が聞こえた。

外から人の気配が二つ、自転車のブレーキの音。

咄嗟に警戒を解いて、キラは夕食を食卓に置く。

 

「そういえばシンが友達を連れてくるとか言ってたな・・」

「友達?あいつ友達できたんだ・・」

 

ルナマリアは嬉しそうにすると、出迎えようとパソコンを手放し、ドアを開けた

 

「シン、お帰り!久しぶりね」

 

「ルナ・・!」

 

「遅かったね、夕飯が・・・」

 

キラの声は言葉にならずに消えた。

シンは血に濡れた手、汚れた服でそこにいた。

そして彼とともにいるのは、黒い犬と・・・

 

そして「レイ」だった。

 

 

「・・・レイ・・・・・?」

「・・はじめまして」

 

 

あなたは誰?そんな言葉がルナマリアの中に消えていく。

長い金髪ではなかったが、その顔も会釈して挨拶をするその声もレイ・ザ・バレルそのもの。

 

ではプラントにいる、メイリンの見たレイは何者なのだ?

 

 

「あなたは・・・誰?」

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