sideA
薬剤の鼻を突く匂いが鼻を突かなくなるほどに長くここにいるシンは、反重力の空間で医師に促されるままに生活していた。
彼に戦争の記憶はない、そして彼が家族や友人や多くのものを失ったという記憶も全て消されている。
都合よく記憶を操作することが出来る技術に手を合わせたいと、アスラン・ザラは思った。
終戦直後、裏切り者と言われ二度とこの地に足を踏み入れることはないと思っていたのに、議会は思わずアスランを迎えいれた。
形の上で敗戦という状態に陥ったプラントは、指導者を失い新たな混乱を呼んでいた。
更にその混乱を生んだ、オーブやAAの動向を恨むものも少なくはないが、それ以上に今はみなが休息を欲し、戦うこと、何かを恨むことに疲れきっているのだ。
だからもう恨まない、と表面上は取り繕っている。
オーブとプラント、そして連合は、三つ巴に変わりはないが、平和と友好条約をもう一度結んだのだ、指導者不在のプラントが今この条約を破れば、プラントそのものはもうなくなってしまうだろう。
そうした議会の危惧から、悪い言い方をすれば下手に出て、安寧をえているのだ。
「・・アスランザラ殿、お待ちしておりました。今朝方ルナマリアホーク殿が来られましたが・・・」
「・・ルナマリアが・・・そうですか。」
「彼に会われますか?」
「はい・・そのために来ました。症状はどうですか?」
「安定してます、このまま新しい記憶を伸ばしていけば、社会復帰も間もないでしょう」
社会復帰させてやりたい、そう思うのは当然だろうが、アスランにはそうですね、とは言えなかった。
「あ、アスランだ!」
「やあシン、元気そうだな」
知能テストでもしているのか、モニターの前でキーボードを叩いている少年にアスランは作り物の笑顔を見せた。
シン・アスカは記憶を切除された。
彼の為そして彼の周りの人間の為にそれは必要だった。
放っておけば死のうとする異常なシンの状態を思えば、仕方がないと誰もが言うだろう。
シンは全て失った。
彼が信じ続けて戦ったことも、彼が守りたかったものも、なにも出来ずそして自分の存在の無意味さを知らされ、生きている理由をなくし、シンはそれでも死ぬことを許されず地獄を彷徨っていた。
レイがいない。誰もいない。そして自分が戦ってきたことが全て無意味であると思い知らされたかのような結末。
あまりに惨いその結末を、救う為、シンにはこうした記憶操作が施行されたのだ。
アスランはそれから何度か彼に会った。
ただし記憶をなくしてからのシンにである。
そんな自分を卑怯だと、アスランは分かっていた分かっていてもどうにもできなかったのだ。
「シン、早くよくなって外に出れるようになるといいな、待っているからな」
「うん。でも俺いつになったら出れんの?こんなに健康なのに・・」
「シンは。滅多に人が掛からない病気なんだ。だから仕方ないんだよ」
「そうだったな、難しすぎて忘れたけど。アスランが教えてくれたんだよね」
そうだ。目覚めてからの記憶、シンの記憶に最初にインプットされたのはアスランだった。
それはアスランの罪悪による償いであり、そしてアスランの驕りだ。
「俺が何でも教えてやる、それで一緒に頑張ろうな・・シン」
まるで子どもにするかのように頭を撫でると、シンはまるであの時見たこともなかったような笑顔を浮かべた。
少年らしい明るい笑顔。
「やっぱアスランは優しいな、ずっと俺の味方だったんだろ?」
「・・そうだよ」
自分の卑怯さを呪うことにも、もう飽きてしまった。
シンの自分への恨みが消えているところをいい人間として刷り込みを入れているようなものだ、彼から逃げず彼を苦しめた自分への罰として彼を見続けることは苦しかった、しかしそれと同時に安心もできたのだ。
見えるとこにシンがいる限り、彼を自分のせいで殺してしまうことはないから。
「シン。ずっと傍にいるからな・・」
「うん」
「お前に会いたいって奴らがたくさんいるんだ。あわせてやるからな」
「うん」
骨ばった白い手がまるで子どもがするかのように小指を立ててアスランに向けられた
「約束。俺楽しみにしてるからな」
「ああ。約束だ」
シンの笑顔は、苦痛でしかない。
病院を出たアスランは、通りなれた基地への道を一人で移動していた。
「命、狙われても知りませんよ」
「・・惜しくはないさ、今更」
「本当に嘘つきですね・・・アスランて」
ルナマリアのすらりとした足が、見慣れた軍服のしたから伸び、影を作っていた。その影に気づいたアスランは彼女を見返した。
少し髪の毛が伸び、大人びたようにさえ見える、あれから半年しか経っていないのに、随分と色々変わってしまったかのように。
「・・何しにきたんですか?」
「君こそ・・もどってきたのか」
「・・・まだ見つけてあげてないから・・・レイの遺体」
「無謀なことだぞ」
「知ってますよでも・・・探す「ふり」くらいさせてくださいよ、私だって彼の友人だったんだから・・・」
彼女に対して謝罪すべき言葉は多い、しかしそんな陳腐なことをして、何も変わらない。謝罪の言葉は罪の意識を軽くする、謝罪側の自己満足の行為にしかならないこともある。
今のこの状況がそれだ。
再びこうして平然と彼女に会うことになるとは、思わなかった。
「私別にあなたを恨んでなんかないですよ」
「・・・・・君に恨まれようとそうでいまいと・・・もうそんなレベルの罪悪じゃないからな・・・」
「・・・じゃあきちんと私の目みて話してくださいよ」
鋭い言葉だった、目をそむけ全て悟ったかのような口ぶりで、動揺を抑えていた、ことを見抜かれているのか。
ルナマリアはそう言いながらも先に背中を向けて歩き出した
「私もメイリンも、ザフトに戻ります。・・あなたはどうするんですか?」
「オーブとプラント・・連合の大使みたいなもんだ・・ぴったりだろ、あっちこっち飛び回る俺みたいなやつには」
「嫌味なくらいぴったりですね」
本当にそうだとアスランは思っている。
そうなることを要求されたとき、これは何の嫌がらせかと疑いたくなるくらい自分にぴったりだったからだ。
ルナマリアのアスランに対する疑念は消えているわけではない、しかし恨み言を呟くには、もう疲れすぎていた。
「もう何も求めませんし聞きません、だから・・・シンを救ってあげてくれませんか?」
「俺も・・そうしたいんだ・・・」
メイリンは複雑な表情でアスランの横顔を見ていた。端正な顔立ちのその彼と共に、逃亡犯としてザフトを追われたメイリンにも此処へ戻る機会は訪れた。銃を向けられ犯罪者としてザフトから追われたはずなのに、今かれはこうして大使としてここにいる。
そして自分は姉と共に服役する。
「メイリン、久しぶりだな、元気そうで何よりだ」
「え・・・あ・・はい」
これから何が起こるのか、予測もつかない。先にあるのが希望的未来であるとの保障はどこにもない。
しかしそれでもアスランは再び自分の生きる意味本当になすべきことを目指す為に、彼女たちとともに、基地へと足を踏み込ませた。
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