歩きなれた廊下をこんなに危険を感じながら歩くことになるとは、アスランも予想外だった。

自分への風当たりがいいはずがないことくらい承知していたが、ここまで敵意や不審感を向けられていては、堂々と前だけ向いて歩くこともままならない。

基地に到着すると、会議に出席する為、彼女たちとは道を二分にすることとなった。

 

「・・気をつけてくださいね・・・いくら平和条約の中にあっても、今回のこの結末に納得しない者は多い・・・」

「分かっているさ、だからこうして此処へ来た」

 

 

 

アスランの基地への訪問は、会議への参加と、シンの今後についての相談でもあった。

プラントとオーブそして連合の間には釈然としないままの条約が結ばれ、再び平和が訪れたように傍目には見える。

だからこそその象徴として、オーブや連合、プラント間を縦横無尽に移動することこそ、今のアスランの使命でもあった。

 

「ようこそ、アスラン・ザラ殿。お待ちしておりました」

「お久しぶりです。評議会の方々にお会いするのは三年ぶりになりますね」

「ええ、おうわさはかねがね聞いておりますよ、あなたは随分立派な働きをなさっていると」

 

まるで見透かしたような冷ややかな男の目、議会の役員の一人が、ルナマリアやメイリンと別れたアスランを案内していたが、彼もそして彼の周囲の人間も、アスランをあからさまに敵視している。

 

ここに一人で丸腰でいることは、いつ殺されるとも分からない危険を孕んでいることでもあった。

しかしアスランは平和を主張するオーブからアレックスとしてではなく、アスラン・ザラとして来ているのだ。そこに元ザフト兵士であったこと、二度ザフトを離れたこと、逃亡罪で射殺も免れない罪を負っていることも自覚していてもなお、こうして丸腰で、まるで内心とは裏腹の穏やかな会話を繰り返す。

 

「・・しかしあなたも罪な人だ。こうして結局はプラントに戻られる運命だというのに、何ゆえそうオーブに執着されるのです?」

「私はオーブに執着しているわけではありません・・・。あなた方こそ、殺意をむき出しで使者を迎え入れるなんてどういうおつもりですか?」

 

アスランはそういうと、役員の背後に立つ兵士の能面のような顔の下からアスランに向けられている銃口に目を向けた。

 

「おや、これは失礼・・・今は厳戒警備中です。指導者もなくまた敗戦後であるという事実もある。あなたはご存知かどうかわかりませんが、国は今表面上では穏やかですが、テロやクーデターの起こる最もなる理由に充ちています・・・」

「・・・承知していますよ・・・」

 

 

アスランのプラント今回の訪問の目的はアスラン自身がプラントの様子を見たかったということもあったが、呼び出されたということもある、会議とは一方的な約束で、それを断れば、恐らくは更なる溝を広げるだけになる。

会議は数時間に及び、その間もプラント側相手にアスランは張り詰めた緊張感の中、静かに呼吸をしていた。

 

「では今後のことですが、ザラ殿・・何か意見は?」

 

「はい、では先の大戦でザフト軍の最前線で戦ったパイロット、シン・アスカの処遇について提案があります」

 

「それは提案ですか?それとも勝利国からの命令ですか?」

 

癇に障る物言いで、役員の一人が呟いた。

 

「・・・提案ですあくまで。彼をオーブで生活させたいのです」

 

「オーブで?確かに今は自由な移住が認められ、オーブに下りることも許可されています・・けれど彼は今記憶はなくそれに・・」

 

「貴重な人材だということは承知しています。しかし今の彼には何もできない。それに、このプラントではきちんとした役割を持たない、所在不明な移住者の長期居住は認められないはずでは?」

 

「・・・・・なるほど・・・元々オーブからの移住者で、既に身元を証明するもの全てを消した彼はプラント市民として成立しないからオーブへ戻せと・・随分な理屈ですな」

 

長いひげを撫で付けて、議会の重鎮、ノーマン・オドネルが、年老いてくすんだ色の瞳でじっとアスランを見つめる。

彼らにとって、納得のいかない敗戦状況に追いやられた先の大戦で、唯一残された貴重な遺伝子を持つコーディネーターを、記憶をなくしても手放すことは好ましくない。

しかしそのままシンをプラントにおいておくことは、ある種、シンが大事にしていたあのエクステンデットの少女ステラと同じ運命を背負わせることになってしまうだろう。

遅かれ早かれ、今のプラントの状況に納得しない一派は、「兵器」としてシンを使用することを提案するだろう。

それを危惧したアスランの対策がそれだった。

事実上シンが彼の生命維持のため戸籍や過去を消し、不確定な人物となっている今なら、プラントの法にのっとれば、シンはここへはいられない。

 

一度剥奪した、市民権の再獲得にはいかなる理由をもってしてもそうたやすいことではない。

その点、そういった市民差別のないオーブでは、簡単に住人として受け入れることができるとうことだ。

 

「これは提案ですが、ある意味当然のことを言っているだけでもあります」

 

「しかしザラ殿・・あなたのいうそれは彼の意志ではない・・」

 

「市民権を持たない彼に意志は関係ありません。」

 

オドネルはじっとアスランを見据えてそして、不敵な笑みを浮かべた、皺に落ち窪んだ瞳の光は鈍く、しかし視線は鋭い。

 

「・・そうですか・・・ではこうしましょう。あなたも「あの」オーブの使者だ・・・。そう他国に対し無理強いなどできんでしょう?シン

アスカをオーブへ送る代わりに・・一つ条件を飲んでもらえませんか?」

 

「なんでしょうか・・・」

 

「あなたがプラントに戻るんです・・・・」

 

 

会議はまるで戦火の中の肉弾戦にも似ている、裂くような痛みがアスランの頭の中を過ぎる。

それでもアスランに他の選択肢はない。

そう・・シンを殺したのは自分だ。

アスランは自分の罪を知っていた。誰も恨むことはできない。

混乱を招いたアークエンジェルに同乗し、そして二度にわたりザフトを抜け、裏切り、それが平和の為、自分の信じたもののためとはいえ、それゆえに、シンという一個人を壊してしまったことに変わりはない。

自分の行動で、どれだけの人が助かり、そしてどれだけの人が失われたのか、検討をつけることも陳腐だと分かっているからこそ、アスランはただそこにいる、手の届くところにいる彼を守ることにした。

 

ずっと傍にいると約束したから

 

 

「分かりました・・それでは私はプラントに戻りましょう、この戦争、終わったわけではないと分かっているからこそ戻るのです・・今度は・・パトリック・ザラの・・息子としても・・」

 

若く秀麗なその出で立ちは、二十歳目前の若者にしては聊か落ち着きすぎているくらいだ。

しかし内心に秘めた緊張感と背中を伝う冷たい汗に、恐らくノーマン・オドネルを始めとする、議会の人々は気づいているだろう。

これは一つの掻けでもあった。

 

「それでは、今日のところは基地を離れますが、数日滞在し、折り返しまたこちらへ戻ります」

「ええ信じていますとも・・」

「ありがとうございます」

 

「しかし・・三度目は・・・ありませんよ・・・ザラ殿」

 

 再び動き出した鉄くずの国家の中で、アスランはその冷ややかな言葉に秘められた、意味を噛み締める。

 

 

 

 

 

 

 アスランと別れ妹のメイリンと共に、久々の基地の内部をゆっくりと歩くルナマリアを出迎えたのは、見慣れた人物だった。

 

「ルナマリア!メイリン!」

 

「トライン副艦長、お久しぶりです」

 

ミネルバの副艦長であり、殺伐とした雰囲気のない彼が、その頃と変わりなく拍子抜けするような笑顔を見せたことに、姉妹は安堵した。

艦長である、タリア亡き今、彼女に付き従いミネルバを動かしてきた彼がどれほど落ち込み、そして変わってしまっているのではないかという思いもあったのだ。

 

「いやあー二人が戻ってきてくれてよかったよ、どうにもあの頃と人が半分以下に減ってて寂しくて寂しくて。配属はどこ?」

「副艦長ー相変わらずですね」

「メイリンも変わりないね」

 

司令室に一緒にいる時間が長かったせいか、メイリンと彼はまるで先生と生徒のように親しかった。

まるで旧友との再会のように顔を綻ばせるアーサーに二人は笑顔を返した。

 

懐かしい思い出話に花を咲かせることに興じていられる時間はそう長くはない。

ルナマリアは彼女が戻ろうと決心したもう一つの理由について彼に問いかけてみた。

 

「・・レイの遺体・・まだどこにも見つかってないんですよね・・」

 

「ああ・・・生死に関わらず所在さえ確認できない」

 

「関わらずってことは・・もしかしたら生きているかもしれないってことですよね」

「それは約束できないよ、何せあの大崩壊の後だ・・それにレイ・ザ・バレルはいわば実在してはいけない筈の人間だったわけで・・僕もあのあと色々調べたけど、生きているとは・・・」

「それでも!・・それでも遺体でもいいから見つけたいんです・・・」

 

ルナマリアは拳を胸の前に握り締めた。彼女の決意だ。

友人だった、仲間だった彼らを、このまま過去の遺物にしたくはない。

せめてもう一度シンとそしてレイに会いたい。

 

「そうだった、ごめん。君たちはチームだったね」

 

「はい。シンも・・レイも大事な仲間だから・・」

 

 

彼女の決意は固くそして、強い。その姉の凛とした横顔にメイリンはもう劣等感を抱くことはない。

姉の信じるものを信じたい、そして姉を支えていきたいとそう思った。

 

「頑張ろうね、お姉ちゃん」

「そうね」

 

メイリンの花が咲いたような可愛らしい笑顔は姉の贔屓目を抜きにしても愛しい。

そんな彼女の笑顔を守る為そして、自分への清算を図るためにも、ルナマリアは過酷な道を選ぶのだろう。

 

 

 

 

そして着慣れた紅い制服のしたに履いていたスカートを彼女は彼らと同じパンツに履き替えた。

 

4 歯車は動く
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