アスランと、そしてルナマリアに再会を果たした翌日の早朝から、シンは病院を出る手続きをされていることに不思議そうだった。
自分が病気であると、聞かされそれを信じるしかなかったシンは、こうもあっさり健康証明されては、今までの自分の行動の無意味さに疑問が湧かないでもないが、今まで「なぜ?」と云う言葉を封印され自分について他人に問いかけることもなかったシンには回りの始めた勝手な行動になど興味はない。
「迎えにきたわよ、シン」
「あ・・昨日の・・・」
シンを迎えに来たと笑顔を浮かべたのは、赤毛の彼女だ。
「あんた・・・」
「私はルナマリア。よろしくね、アスランに頼まれてあなたを迎えに来たの」
「え?アスランに?」
ことは一昨日の夜、会議を終えたアスランからの重鎮な言葉だった、一時的になるかもしれないが、シンをオーブへ送るというアスランからの命令に近い提案だった。
シンに再会する為戻ってきたルナマリアには面食らっていたが、その真意を聞き、納得した。
そしてアスランは、オーブへ行くまでの数日間、自分とともにシンを外へ連れ出す手伝いをして欲しいという。
ルナマリアは、その時点で、アスランがある程度の行動制約をされていると気づいた。
アスランがプラントに戻ることになると気づいて、これが議会の捕虜に近い形での二度目の服役であり、アスランにとって如何に危険であっても自分に止める術がないことを知ったルナマリアは、黙ってその提案に従い、シンを連れ出した。
オーブ行きの指定シャトル発射の日は三日後の1400、それまでの間は、自分がアスランに依頼されたとおり、シンを守るのだ。
使命感に充ちていた。迷いを断ち切ったルナマリアは、シンに対して自分でも驚くほどに平然と会話が出来た。目を逸らすことも、逃げ出すことももうしないと誓ったせいだろうか。
いや・・彼女自身、後悔による負い目以上に彼を愛しく大事であると思うからである。
二度と失いたくない。
「へえ、じゃあルナマリアさんは・・」
「ルナでいいわよ」
「ルナはザフトの兵士なんだ」
「そうよ、そんでもってシンの味方。これからアスランに会うけど、暫く合えなくなるかもしれないからしっかり話聞いてね」
「・・・子ども扱いするなよ、あんた同い年くらいじゃないの?俺と」
「失礼ね、あんたと一緒にしないでよ、私の方がお姉さんよ」
車を運転しながら、ルナマリアは昔のまま、シンにぴしゃりと言葉を投げつける。アカデミーからのやり取りそのままに
シンは予想通りむっとしたが、その表情にも態度にもルナマリアに対する嫌悪感や不審感はない。
「なんかルナってお姉さんみたいだな」
「お姉ちゃんって呼んでもいいわよ」
車を降りて、到着したアスランが停泊しているホテルへと入る。市内を出歩くことなどなかったシンは物珍しそうにきょろきょろしていたが、大人しくルナマリアの後を付いていた。
人口太陽の下で見るシンの肌は、ルナマリアが知る以上に白く病的だった。一年間で痩せて骨ばった手がホテルのロビーのツボをしきりに触るのを複雑な眼差しでみる。
こんなにも元気そうな表情や言葉を発するのに、記憶はなく、そして記憶をなくす前の体のボロボロだった状態のせいで、不健康そのもののシンの外見は、胸に痛い。
彼女自身健康的な一年を過ごした訳ではないが、彼女以上シンの状態は思わしくなかったのだ。
「ルナマリア。ありがとう、シンをつれてきてくれて」
少し疲れた表情だったが、大人びた優しい笑みを浮かべてアスランがロビーに下りてきた。
「アスラン!」
見たこともないような嬉しそうな表情で、シンがアスランの傍へ駆け寄るのを、ルナマリアは心底意外なものを見るかのように見ていた。
シンは形はどうあれ、アスランを尊敬し、彼に憧れていたが、こうも素直に懐いているのは不思議な光景でもあった。
記憶のないシンが自然と自分を良く見知り優しくしてくれたアスランに懐くのは当然のことだったが、あまりに彼らしくないように思えて、釈然としない。
「ルナマリア・・言いたいことはわかるが、そんな目でみないでくれ・・・・」
「あ・・いえそういうことじゃ・・・。どうせなら昔からこうだったらって・・・」
「なんのこと?」
「なんでもない。シン話があるんだ。いいか?」
アスランは自分の腕を子どものようにつかんでいるシンを真剣な眼差しで見つめた。
「じゃあ、俺はこれ以上はプラントにいられないってこと?」
「ああそういうことだ、市民権がないが、病気は治っている。保護理由がなくなるんだ。だからおまえはオーブに下りて、そこで、新しい生活をするんだ。名義じょうのアスカという姓ももうなくなる」
「アスランのいる国だろ?いいよ。ルナもいくの?」
「私はザフトの軍人だから、オーブの市民にはならないわ」
「別に俺はどっちでもいいよ。何していいのかわかんないし。それに「初めていくけど」綺麗なとこなんだろ?アスランが一緒なら不安とかもないし」
「俺は・・行かないんだオーブには戻らない」
「え?・・なんで?」
シンに何を説明したらいいのか、アスランは言葉を濁しつつも、自分がプラントに戻り此処で働くのだということを伝えた。
「やだよー。アスランやルナと会えなくなるのか?」
「会えないわけじゃないわ、地球にもザフトの軍事基地はあるし、プラントの土地だってある、宇宙が全てじゃないもの」
「お前がオーブで、しっかり頑張って健康になれば、またプラントにも戻れる。そのためにどうしても戸籍や存在証明が必要なんだ。だからシンお前はオーブで市民として新しく生まれ変わるんだ」
生まれ変わるといわれ理解できるほどに簡単な問題ではない。
しかしシンには、自分がどうすればいいのかなどということは微塵とわからないのだ。
ならば、彼らを信じるしかない。
「わかった、いくよ。オーブに」
「出発は三日後だ、それまでルナマリアがお前と一緒にいてくれる」
「うん」
「頑張れシン」
「うん」
子どもが親を信じるように、シンはアスランを信じてきた。
しかしアスランには、裏切り彼を傷つけてきた自分が彼に信頼されることが息苦しく感じることさえあった。
だが、今ははっきりとそれを嬉しいと思える。
「どこにいても・・守るよお前も・・みんなも」
アスランの足枷は地球との距離を遠ざけ始めていた。しかしアスランはその鎖を自分の手でしっかり結び直すように、固く決意をしている。
シンはそんなアスランのただならぬ決意の表情を見て、そして密かに誓う
強くなって戻ってくる、そして本当に生きる意味、自分のしたいことを見つけようと。
三日目の朝、シンはルナマリアと共にシャトルの搭乗口へとやってきた。
「シン、私は戻るけど、しっかりね。それからオーブに付いたら向かえが来るそうだから、その人の言うことちゃんと聞いてね」
「うんわかった。ルナも頑張れよ」
「私を誰だと思ってるの?ザフトレッドのルナマリアホークよ」
笑って手を振り、そしてシンはシャトルへと乗り込む。
地球までどのくらい掛かるのか、初めての地球はどんなところなのか、好奇心もあった。
「隣、座りますよ」
声が降り注ぐ、シンははっと顔を上げると、そこには先日基地で作業員として下働きに勤しんでいた少年がいた。
「あ・・・」
「君も地球へ行くのか?」
「うん・・」
「レイ」は腰を下ろすと、シンが食べようとしていた小さなパンを一つ奪いとり口にした
「あ・・・」
「地球は重力があるからな・・もしかするとすごく体力がいるかもしれない。ということは食わなければもたないということだ」
「だからって俺のを取るなよ!」
シンは怒った口ぶりで、しかし知り合ったばかりの彼に再会できたことを、心なしかうれしく思っていた。
しかし何を会話していいか分からない。何も会話できることがない。それほどまでに自分が何も持たないことをシンは少し悔しく思った。
無言のまま、旅路は続く。
やがて終着点である、シャトルのターミナルに到着するまで二人はただ黙って隣に座っていた。
地球の、オーブの領土のターミナルで地に足をつけたシンは小さく声を上げる
「なんだ・・大してかわらないな・・」
同時に彼も同じことを言った。
重力が人工的に作られているプラントの地面と殆ど変わらない地球の重力、しかしシンは照りつける太陽が本物であることを感じていた
「同じこと言ったな・・今」
「ああそうだな・・・。」
「レイはどこにいくの?」
ターミナルの出口で行く先は、鉄柵に分けられている、そこが彼らの分かれ道
「ここから先、この柵の向うはザフトの基地だ」
「ザフトの?」
「お前は?」
「・・・・この柵のこっち側。オーブに・・・」
隣であって、それでも柵に分けられた道を二人は歩き出した、柵を隔てて何となく並んで歩く。やがて道が完全に分かれるまで歩いた。
「またな・・レイ」
「ああ。また会えたらいいな」
大した言葉など交わしていないのに、シンは彼が好きだった。深い意味などない、記憶のないシンに巻かれていく記憶の種が、次第に芽を出し開いていくのを、彼自身しっかり感じ取っていた。
希望的な未来があるかもしれない、何があるかわからない、けれど、自分を守るといってくれた彼らの為にもそして自分のためにも、シンは前へ進む為、鉄柵の分かれ道に従い、レイと離れていtta.
シンを出迎えたのは、オーブの眩しいような白と青の制服姿の、物腰柔らかそうな表情の青年だった。
「初めまして。シン」
「あ・・はじめまして・・・どうも」
笑顔で迎え入れてくれた人はとかわした握手は温かかった。彼は微笑んで言う
「僕はキラ・ヤマト。君は今日から・・シン・ヤマトとなるんだよ」
「え?」
「アスランから聞いたでしょ?新しい戸籍と存在証明。そのために君は新しい人間になったんだか、今日から僕が君の父親だよ」
「ええ?だってあんた幾つ?」
「19歳。でも関係ないよ、戸籍を得る為だから、でもそうじゃなくて僕は君の保護者・・いや理解者になりたいんだ。だから一緒に帰ろう」
シンは握られた手のぬくもりに酷く戸惑う
「僕も・・君を守るよ」
「どうして・・みんな守るって言うんだ?・・おれはそんなに弱い人間なの?」
自分が分からず、行き場のない自分をみんな憐れに思うのかと、シンは内心これまで思っても見なかった疑問を持つ。そして優しく肩を叩くキラを窺うが、キラは答えない。
その答えの代わりに、彼は言う。
「これからそれを一緒に考えて生きていくんだよ。君の為に」
シンは思わず手を強く握り返した。
父親といわれて彼を父親にできるわけではない。しかしアスランの親友だという彼、そしてその手のぬくもりと真っ直ぐな瞳をシンは信じた。
「うん・・わかったよろしくね、キラ」
「お父さんって呼んでもいいよ」
小さく笑って、そして、シンは新しい生活へ導いてくれるキラと共に、人口ではない重力のある地面を踏みしめた。
振り返っても、フェンスの向こうに金髪はもう見えない。
しかしシンは過去を持たない、だから振り返ることももうない。
「みんな・・また会えるよね・・」
「そうだね」
シンは新たな一歩を今この場から歩き出した。
アスランがキラにシンを頼んだのは必然だったのかもしれない。
避難させるように、オーブへと送りだしたシンを思い。アスランはキラからの無事にシンが着いた、素直にヤマトの姓を受けてくれたという報告のメールを読む。何より自分の最大の目的であったことはひとまず果たせたということに、アスランは安堵した。
課題はまだ多い、そして最終的にはシンが、シンになる必要がある。生まれ変わって他人になったのでは、彼の存在を消したも同然であり、それはアスランがして許される行為ではない。
それでも今の彼を守る為に選んだ道は少しばかり残酷だと分かっていも、縋るしかない道だったのだ。
「頼んだぞキラ・・・。もう二度と過ちは繰り返さない為にも・・」
誰にも聞こえない声でアスランは呟く、そして部屋をノックする音に気づき慌ててパソコンの電源を落とした。
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