機動

 

 

連日連夜に及ぶ、内容のはっきりとしない名目だけの会議は、アスランの神経をすり減らす嫌がらせにも似ていた。

議会役員としての地位相当の扱いは受けていても、会議の間じゅう突き刺さるような冷たい視線や、時折冗談交じりに吐かれる嫌味は変わりない。

彼らの中には、戦争を引き起こしたことも、それを行った理由も、そして終戦の形の不満さも、すべてを他者による要因として認識しているものが多い。

それはあくまで彼らの主観であって、議員全員の意見ではないが、多かれ少なかれ、プラントはいまだこうした不満に惑わされている。

 

なぜ戦争が始まり、そして終わったのか。

誰も知らないのだ。そして誰もがそれに納得していない。

年老いた議員たちは口々に凝り固まった頭から出てくる考えを、それこそ最良とばかりに語り続けている。

 

「しかし、平和とは敗退国として、位置する今、本当になされていることなのでしょうか」

「そうですね、我々は、国家のため死力の限りを尽くした、なのに、結末は酷いものだ、オーブの手先である「あの艦」にまんまと出し抜かれ、これは正しき戦争の終戦の形ではないでしょう」

「確かに・・あのものたちのした行為は、まさに混乱を生みそれを無理やり取り去る行為、独裁的で妄信的でさえあったギルバートデュランダルの行った行為は確かに、疑問視するべき点ではあったが、われわれは真に負けたわけではない。」

「なのに一方的な条約の締結、半永久不可侵の決約などいかがなものでしょうな」

 

「ではあなたはこれからどうすべきとお考えですか?ザラ殿」

 

やはりここへ来てアスランに向け意見を求めたのは、ノーマンだった。

彼の老いたまぶたの下の夜空のような深く黒い瞳はぽっかりと穴が開いているようにも見える。

 

 意見を求めているのは、やはりあくまでアスランの動向を探るためであり、彼の意見に耳を傾けたいという意思からではない。

そうと分かっていても、用意されたような100点満点彼らに気に入られるような凡庸的な回答をすることは、アスランの意には反している。

 

「・・・責任を一方に求めることは、正しき戦後の政治のあり方とは思えません。今プラントがたたされている位置を、支配されているとお考えなら、それは間違いかと思いますが、他者のせいにし、その責務から逃れ、プラントだけでなく、すべての人民の為に戦後の平和活動を行うのが務めと私は考えます。この会議は今後の平和維持に向けての取り組みに関する法案の検討ではないのですか?先ほどから、論点が激しくずれているように感じますが・・」

 

「・・それではあなたはやはり、この戦争、正しかったと?」

 

 ノーマンの瞼がかすかに動いたことも、アスランは知っている。

しかし良し悪しなど、誰にも決められないものだ。結論からすれば終戦はしているようでしていないのが実状、アスランは彼らからしてみれば、プラントで崇高なる地位につける権利と血統を持ちながらも他国や、そして敵国のものと繋がる、食えない読めない恐ろしい男なのだろう。

アスランに意見を求める目は、みなどこか試すような視線で、それが分かっていても、アスランは気づかない振りをし続けるしかない。

 

「・・・いいえ、わかりません。ですが・・私はまだ結論を出すべきではないと思います。誰にも悪意はあった、誰にも正義はあった・・そういうものでしょう。」

「・・・そうですか・・では今日はここまで・・・。ザラ殿・・背中にはお気をつけなされ」

「ご忠告ありがとうございます。優秀な護衛が二人付いておりますから」

 

 背中を狙っているのは、老人の光のない眼だろうか。

アスランは自分より数倍も長生きをしてきた彼らから毅然とした態度のまま背を向けた、怯むこと恐れることは、余計な不信感を募る。

 

 

 会議室を出たアスランは、深いため息とともに、きつくしめたスーツの襟首を少し緩めて廊下で腕組みをして待つイザークに軽く挨拶をする。

 

「待たせたな」

「・・・相当待ったぞ、これからの予定だが、お前をザフト軍基地に招待してある、外でディアッカを車に待機させているさっさと来い」

「それは罠か何かかな」

「そう思いたければそう思え、それから赤服の女もお前に会えるように取り計らって欲しいといっていたな・・あれはミネルバに乗っていたものだろう」

「ルナマリアか?」

「名前まで知らん、とにかく行くぞ時間がない」

 

不機嫌そうに先を行く、全く護衛する気などなさそうな居丈高な足取りのイザークを追い、アスランは座りっぱなしでしびれかけた足を動かし始める。

柔らかな絨毯の感触がなんとなく気に入らない。

軍服のブーツの底で踏みしめる、あの硬い金属質な廊下を歩く音が懐かしかった。

 

 

 

 妹が旧友たちと再会し、次第に仕事への復帰に慣れてきたように見えると、ルナマリアの胸は大きな不安の一つを解消したように軽くなる。

シンがプラントを去って数週間が経ったが、表立った派手な問題は何もおきていない。派手でなくても問題など何もないという空気を、何故か無理やり流されているようにも感じていた。

 

「ルナマリア、お前任務外でも仕事するのか?」

 

ヴィーノが一人で黙々となんらかの資料を見つめるルナマリアに問いかけた。

まるで聞こえていないかのようにその声を右から左に流し、彼女は自分の作業に没頭していた。

彼女が調べているのは、戦後の一年間のありとあらゆるザフト軍の記録だ。

形式上指導者を失い敗退となったプラントで、指示のままプラントの盾として戦ったザフト軍には、明確ではないが、そんなプラントという国家自体に疑念を抱くものもいる。

そういう彼らの残した記録や、そしてプラントを去った者たちのその後の行方などについて調べているうちに、ルナマリアはひとつの可能性にたどり着いたのだ。

 

「・・なあルナマリア、でもあれはただの噂で・・」

「でも誰も真実を知らないんでしょう?確かめる価値はあるわ」

「・・・でも世の中には似た人が三人はいるというし・・」

 

ヨウランや、眼を丸くしているメイリンの意見には耳を貸すつもりもないようで、ルナマリアは密かに噂になっている。軍事基地の末端の倉庫で警備員の仕事をするレイに似たものを見たという話を核心に近づけようとしているのだ。

 

「でもそれだけで、生きているとは・・・」

「・・・生きてるわよ・・絶対・・・」

 

「あ・・」

 

突然メイリンが指差したのは、颯爽と歩いてくる、有名人だった。

アスランが、護衛役の二人とともに、基地内に訪れたのだ。

当然目立つ三人だが、ルナマリアは驚きより、ことがうまく運ぶかもしれないという喜びに安堵のため息を漏らした。

 

「お待ちしてましたよ、ザラ議員」

「・・よしてくれ、今日はザフト軍基地の視察なんだ・・・」

 

建前では。とつけたすとアスランは、穏やかな笑みを浮かべた。

思わず姿勢を正すヨウランたちを気にしないでくれと促すと、イザークがそんなアスランをにらみ、毅然としろと叱りつける。

 

「アスランに話があるんです。久しぶりだし、二人で食事でもしませんか?」

 

ルナマリアはにっこりと笑って、その辺の柔な男なら一発で虜になるような可愛い声で誘う。

アスランにはそれが彼女からの今回の件の進展を計るためのお誘いと分かると快く了解した。

 

「俺も君と二人で話がしたい。今夜でかけよう」

「おい・・あまり派手なことはするなよ、このタラシが」

 

イザークが眉をしかめて言う。ディアッカは口笛交じりに冗談めいた感嘆の声を上げる

 

「やるうー。大胆だね君」

「そんなことないですよー。普通ですってば。じゃあ今夜楽しみにしてますねー」

 

ルナマリアは資料を抱えて「じゃあ仕事終わらせておしゃれしなきゃ」とその場を去っていく。驚いた顔をしているのはメイリンたちだけで、アスランだけは彼女の意図することを理解して、驚愕の表情に満ちた、周囲に愛想笑いを浮かべていた。

 

 

ルナマリアとのデートの前に、アスランにはやるべき仕事があった。

ザフト軍に残っている上層部しか持てない資料を借りるということ。

そのために彼を呼んだのはルナマリアではなく、アーサーだ。彼が極秘裏に集めていたわけではなく、彼の性格からして、捨てるのを忘れていたふるい資料などが、残っていたために発見された貴重なデータをアスランに預けるためだった。

 

「・・・まあそんな問題かどうかは分からないけど、気をつけて・・」

「ありがとうございます」

「・・あと・・ルナマリアのことなんだけど・・」

「はい?」

 

「私が頼むことではないんだろうけど、彼女のことも・・頼むよ・・・」

「はい。彼女を危険には晒さないと・・誓います」

「はっきりと誓わなくていい、なにがあるか分からないんだ、だから・・君も気をつけてくれ」

 

アーサーの優しさが、アスランにはいっそ痛々しいくらいだった。

彼らが彼女や、そしてシンを愛していることが分かれば分かるほど、アスランには罪悪に駆られそうになる。

しかし罪悪感を抱いていることを表向きにすることは彼女たちに対しても、自分のそれまでを全否定してしまうことになる、そして今ここにいる理由の無意味になってしまう。

アスランはアーサーから託された資料を手に、ルナマリアとの待ち合わせの場所へ向かった。

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