深夜の密会

 

 プラントの人口的さを感じさせないほど精巧にできた夜空を見上げながら、アスランは深夜のデート相手との待ち合わせ場所へと向かった。

 

「ルナマリア。待たせたな」

「待ちましたよー」

 

ふんわりとした色合いのスカート姿の女性らしいルナマリアがそこにいた、濃いメイクはなくとも彼女らしい真っ直ぐな美しさがあり、道行く男性の目を引く。

周囲から見れば彼らはとてもお似合いのカップルに違いない。しかし周囲が思うほど彼らのデートは明るい話ではないのだ。

 

「本当におしゃれしてきちゃった。似合います?」

「似合うよ」

「・・・さらっと言うんですね。もっと感動的に言ってくれてもいいのにー」

 

冗談を交わしながら食事をして、二人して誰もいない夜のビルの屋上へ行く。

普通のカップルであれば、こんな夜景をバックに甘いひと時でもすごそうものだったが、彼女にもこれがどういうデートがしっかりと分かっている。

 

「それじゃ・・本題に入りましょうか。私レイを探そうと思うんです」

「・・なるほどね」

「ええ、レイは生きている、絶対・。最初はただの希望だったんです。でも調べれば調べるほどなんだか彼の死に信憑性がなくなってきて・・それにまあ信頼できるような話でもなければまじめな話でもないんですけど、レイにそっくりな子を見たっていう噂出回ってるんです」

 

 ルナマリアはそう言いながら、結い上げていた髪留めになっていたコサージュを外し屋上の上から落とす。

咲き誇れる花が谷底に吸い込まれるように、彼女のワインレッドの髪の毛によく映えていたsの花のコサージュは落ちていった。

解けた髪の毛を少し乱暴にかき乱して、ルナマリアはヒールのパンプスを脱いた。

 

「なにをしているんだ?」

「ナイフ持ってません?」

「え?ああ・・あるが・・」

 

護身用に忍ばせた細身で小型のバタフライナイフがアスランのすんなりしていたが男らしい節くれだった手からルナマリアのほっそりした女性らしい手に手渡された。

彼女はナイフの柄を握ると、手馴れた様子で歯を取り出すと、自分の豊かな赤毛を掴む。

 

「私は・・・もう一度あいつらと笑う為ならなんだってする」

 

アスランが、何か返す前に、ルナマリアは、伸びて肩まで届いていたその髪の毛を勢いよく切り落とした。

 

「ルナマリア!」

「私に命令してください」

「・・・・・」

 

彼女の菫色の瞳が、まるで深い海の色に見えた。

圧倒されて声を失う彼をまっすぐ見つめたまま、ルナマリアは言う。

彼女の決意の固さ、そして彼女の彼らに対する深い愛情を目の当たりにしたアスランは散らばるルナマリアの髪の毛を眺めながらその勇気はなににも勝るものだと確信していた。

 

「・・・今日資料を受け取った・・その資料によると・・あのレイ・ザ・バレルの遺体はやはり回収されておらず、死も確認されていない・・・しかし、彼は・・「再生」できる可能性も高い・・・・」

「再生・・・それってやっぱり・・彼が・・・「あの人」のコピーだっていう・・」

「知っていたのか」

 

ルナマリアは眉をしかめて、はいと小さくいう。

 

「でもレイはレイです・・・私たちの仲間だった・・」

「そうだ・・・だから・・君に・・あるラボを調べてきてほしい・・表向き議会役員としての俺の命令で、数名の部隊で戦後の後処理のためという名目でその仕事をザフト軍に依頼する。うまくそこに潜り込んでくれ」

「了解しました」

「ただし・・過剰に踏み込みすぎるな・・。君を俺は利用する・・だから直面する危機から回避させるためうまく君の盾になる、だから頼んだ」

「・・あなたは・・どうするんですか?」

「俺は下手に動けない。だが・・君を危険には晒されるつもりはない」

「・・・・あまり背負い込まないでくださいね」

 

ルナマリアはナイフを閉じて、アスランの胸ポケットに差し込むと、そのまま振り向かず歩き出す。

 

「そろそろ嗅ぎ付けられるかもしれませんから。「ルナマリア」は身を潜めます」

「・・・・無茶だけはするなよ」

「お互い様でしょう」

 

ただ大切な人を守りたいから、自分の信じた道を誤りたくないから、たとえそれがどんなに後悔する結末を迎えるかもしれない危険な賭けだとしても彼らは歩き始めてしまったのだ。

ルナマリアは切り口も疎らな自分の後頭部を撫でながら、アスランから遠ざかっていった。

 

 

 

 

 嵐が吹き荒れている。

窓の外は漆黒の闇で、海鳴りが、聞きなれない不安な響きをシンに与える。

 

「・・台風ってほどじゃないけど、今日は荒れてるね」

 

窓から海を眺めるシンにキラはのんびりとした口調で声をかけた。

シンは地球のこうした人間の気分や都合とは関係なくやってくる気候の変化を面白いと感じていた。

見るもの全てが美しい、しかし今日のこの海は何故だか酷く不安を募る、今起きるかもしれない一瞬先の未来への不安ではない、これから起きるかもしれない何かを予感させるような、形のないもやもやとした不安。

 

「・・キラ・・俺さ・・なんで自分がここにいるのか、いまいちまだよくわかんないんだ、アスランと・・話がしたいな・・・こっちへ来て色んなもの見て、それで・・もっと色んなこと知りたい、知っていることなら思い出したいって。思うようになった」

「・・そうだね。でもあわてなくていいよ」

「・・うん慌ててはない、でも・・キラが優しくしてくれて、それに甘えて俺は何もしてないんじゃないかなって・・・俺も・アスランや・・キラのために何かしたい」

 

 まっすぐな言葉が、キラの胸を刺す。

騙しているのに変わりない、シンはキラのことを確かに恨んでいた。理由もその意義も全く明確にはならないまま終戦を迎えてしまった。

シンと暮らすことは、キラが「考えない」ことにしていた、大勢の人たちの色んな意見の一つを、今更考えさせるように目の前に突きつけられているのと同じことだ。

シンはキラが予想した以上に彼を慕い、そして感謝している。

 

「僕は・・君に優しくなんて・・なかった」

「え?」

「・・・・それが正しい、そうしなければいけなかったと信じていても・・僕は」

「キラ?なに言ってるのかわかんない・・」

「ああ・・ごめん、そうだ、今日はお客様が来るから食事の準備手伝ってくれる?」

 

キラはまた穏やかな笑みを浮かべた、抱え込んだ深い悲しみや傷に蓋をするような笑顔にシンは気づかない。

 

海鳴りが静かになるころ、キラが、今は一人で暮らしていた、家に車のエンジン音が近づいてきた。

慌しい足どりで砂を踏む音が聞こえたかと思うと、キラがなべをかき回しながら苦笑した。

 

「シン、ドア開けてあげてくれる?」

「うん・・こんな夜中に誰かな?」

「大丈夫、僕の大事な人だから」

 

シンは目を丸くして、玄関の扉を外をうかがうことなく開ける。

飛び込んできた人物は、ドアを開けたシンを確認することもなく抱きついてきた。

 

「やっと抜けれたー!久しぶりだな・・・って・・わああ!」

「カガリ、もうちょっと静かに来ようね・・もう夜中なんだし」

「キラ!」

 

 シンを慌てて放すと、彼女はあとからゆっくりと出迎えてきたキラを怒鳴るように呼んだ。

誰なのかと訝しげに二人を交互に見比べるシンに、キラはまた苦笑した。

 

「ごめんごめん、シン。彼女がカガリ。名前は知っているだろ?」

「あ・・・え?・・カガリって・・・オーブの・・」

「今日はそういうのなしだ、よろしくシン。カガリだ。キラの姉だよ」

「お姉さん?そういえば・・似てるかも・・・」

 

色味は違えども明るく丸い瞳や、雰囲気は違ってもどことなく共通する表情の作り方などに彼らの血縁を感じたシンは、納得したのか、カガリを味方と認識してよろしくと笑顔を返す。

少しボーイッシュで、凛々しく涼しげな面立ちのカガリだが、シンは彼女をぼんやり見ていた。

食事をしながら話をしていると、飾らない気取らない国民をただ愛する国家元首の姿がそこにはある。

シンがそんな彼女にすっかり慣れて懐くのにそう時間はかからなかった。

 

 

 

三人で食事をし、会話を楽しんだ後、シンは定期的に訪れる病院生活でしみついた条件反射のような睡魔に負けて、先に眠りについてしまった。

シンを見送ったカガリはどこか疲れた表情を浮かべてキラを見遣る。

 

「あれが・・シンか・・」

「そう・・シンだよ」

「・・・あんなに素直で、いいやつだったんだな・・・私のせいで」

「やめよう・・そういう話は・・意味がない」

「でも・・・でも私は・・恨まれていた、好かれていいはずがないんだ・・・」

 

カガリの感じている息苦しさは、シンが自分を好きであればあるほど深く強くなる。

罪悪感を抱くことは国家の頭であるカガリにはきりのないことであり、謝罪を述べることもどこか無粋なことでもある。

この家を訪問したカガリは、シンがもっと何も感じない空っぽな状態であると思っていた。

しかしシンは真綿が水を吸い上げるように、すべてを吸収し、そして一年前は向けることのなかった無邪気で、そして純粋な笑顔を見せた。

それがカガリには苦痛でもあった。

 

「僕も同じだよカガリ・・・でも僕は彼を守りたい」

「私もだ・・・二度と失わせない・・」

「僕らがすべきことは彼を好きでいることだよ・・もしまた彼が昔の記憶を取り戻して僕たちを恨んだとしても・・・・」

「・・・・そうだったな・・うっかり忘れるところだった。あいつも頑張ってるんだ、私たちもこっちでできる限りのことをしなくては・・」

「アスランと会う機会はない?」

「・・・オーブとプラントの会合が来週ある、ただ・・その場にアスランがこれるかどうかはわからないな」

 

カガリは先ほどまでの泣き出しそうな表情を一変させ眉をひそめて顎に指を当てた。

それはキラも同じだ、今はもう迷ったり後悔したり、過去の自分を悔いてもなんの意味もないのだから。

カガリは窓の外を眺める

 

「風が・・・やんだと思ったのにな・・・」

 

海鳴りがまた不気味に響き始めた。

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