ノート

 

 

 

戦後残された開発兵器のラボの調査のために派遣されたザフト兵士は約十名程度、その中に赤毛のエースパイロットの姿はない。

 

「それでは各自指定の場所の調査及び、危険物除去を行うように、なおこれは議会役員の勅令であり、個人的な発見物の隠蔽は議会によって裁かれるということを忘れるな。以上」

 

チームの指導者である男の合図で、重装備の兵士たちが一斉に散らばり各自の持ち場へと向かう。それを見送り、一人の少年兵士は地下に続く階段の前の扉を周囲を見回しそっと押し開け滑り込む。

帽子を外し息を吐いたのは、髪の毛を黒く染め、短く切ったルナマリアだった。

 

まるで少年のような格好で「ルナマリア」であることをID以外で認識されないよう外見を変えて潜り込んだ彼女は、いつになく大胆だった。そんな出発前夜に彼女のまばらな髪の毛の切り口を整えながら妹は心底呆れていた。

姉のそんな行動をメイリンも今更止めはしないが、やはり女の子の意識の強いメイリンにはルナマリアの行動はいかんとも理解しがたいことである。

 

「・・誰も気づかないなんて失礼しちゃうわ。そんなに男っぽいかしら」

 

一人ごとをつぶやきながら錆びた鉄の階段を降りて、かび臭い配管にそった薄暗い通路をライトひとつで進む。

時たま落ちる水滴の音が、やけに大きく感じるのは、彼女の警戒心が最大限に研ぎ澄まされているからだけではない。

進めば進むほど壁の質感が変わり、音の反響の仕方が変わっていく。どんどん深くなるような感覚は強ち間違いではないだろう。

真っ直ぐ配管と平行して進むルナマリアの手に握られた小さな間取り図は、数年前のラボの資料であり、確かであるかどうかは実際に目にしなければ確認できない。

 

今この時点で彼女が歩いている場所は図面にはすでにない。

しかし未調査の部屋があるとすればあとはここしかありえなかった。不気味な空気に不安さを感じないでもないが、それに恐怖し怯むような彼女ではなかった。

 

「ここか・・・」

 

硬い扉の鍵をこじ開けようと工具を取り出し錆びきったドアノブに手を掛けると、そこは意外にもあっさりと開いてくれた。

およそ重要機密があるとしても、ここに立ち入るものなどいないと高をくくっていたのだろうか、幸運とばかりにルナマリアは部屋へと滑り込んで手持ちのライトで部屋を照らした。

 

「う・・・なにこの匂い・・」

 

嗅いだことがないわけではない、腐敗した肉の匂い、そして古びた薬の鼻を突くような匂い、そしてそれに混じってはっきりと分かるのは生々しい血の匂い。

 

「・・・・」

 

テーブルの上にはべっとりと乾いた血のあとが残り、そして散らばった実験道具や薬品の瓶がそこら中で悲惨な部屋の絵図を映し出している。

ルナマリアはマスクで口元を覆い、悪臭から身を守りつつ果敢にも部屋を探り始めた。

実験動物の遺体はほとんど骨しか残っていない、しかし、この生々しい血の匂いは、ここがほんの少し前まで何かに使われていた場所であることの証明のようだった。

 

「・・・これは・・・」

 

汚れきった室内で、まるで見つけてくれといわんばかりにそこだけ綺麗に残されていたのは一枚のディスクとそして一冊のノート。

それがその研究日誌だ。

手袋をはめたルナマリアの手が日誌を拾い上げる。

 

その瞬間突然の足音を聞いたルナマリアの心臓は今にも飛び出そうだった。

慌てて拾ったものを荷物に詰め込み、ルナマリアはわざとらしく蹲る。

 

「おい、誰かいるのか?」

「ううううう」

「お前・・・なにしてんだこんなとこで、うわっなんだこの部屋」

「・・気持ち悪りい・・さっさと出ようぜ」

 

わざとらしく吐瀉の真似事をしながらルナマリアは部屋を出て行く。

偶然そこへ着いてしまった見知らぬ兵士は、釣られて嘔吐しそうになりながら悪臭と不気味さに顔をゆがめてルナマリアとともにその場を離れていく。

 

 

 

 「・・・でお使いに行かせてるってわけか・・」

 

ディアッカが呆れ混じりの声で、真面目な顔で彼を振り返ることもなくパソコンの前から離れないアスランに声をかける。

 

「・・まずいんじゃないの?」

「その権限はある。調査はあくまで調査だ。和平条約が結ばれている以上、こっちにもオーブや連合に対して隠した兵器や、そういう動きがないことを証明させる必要がある。表向きは自分たちの動向に後ろめたいことがないことを証明するためだからな」

「・・表向きね・・・。」

「イザークはどうした?」

 

ディアッカは、話をイザークのことに逸らされて少し表情を歪めたが、これ以上のここでの踏み込んだ会話はあまり好まれたことではないことくらい理解している。

 

「あいつは一応白服だからな。あんまりお守りばかりもしてられないさ」

「・・今ザフトで人事を決定しているのってイザークだよな」

「ああ、まあだからあの子も行かせたんだろ?なんかあんの?俺クビ?」

「もうひとつ頼みたいことがあるんだ」

 

アスランは時計の数字を確認した。時刻で言えば1700、そろそろラボの調査隊が戻るころだろう。派遣を依頼したのは議会だが、その派遣されるものたちを選出するのは軍である。

そこでルナマリアを選出したのはイザークだった。ルナマリアと周囲には分からないよう変装はしていたが、彼女のIDも名前も選出する側には隠しようがない。

裏で手を回すあくどいやり方ではあるが、アスランはイザークの地位をしっかりと利用していた。ただイザークも、先の大戦の折AAに加担したという噂が少なからず流れていて、ある種ディアッカと共にセットで要注意人物として認識されている。

そこへきてアスランの護衛という任務に付かされたことは、彼ら三人の疑わしさが本物であることの証明だ。

 

いつまで、こう都合よく動けるかわからないのだ。

 

「悪いな・・すっかり巻き込んで」

「疑わしきは同じってね。俺は一回抜けてるし、まあ分かるな、生きてるのも不思議だぜ」

「・・お互い様ってことか。」

 

アスランは苦笑してディアッカと顔を見合わせた。

 

 

部隊が基地に戻ると、イザークは彼らを見回して、そこに男装の兵士を確認した。

すべての調査資料を提出させて、報告書を後日提出するようにと彼らすべてに言いつけると、イザークは厳しい表情で言う。

 

「・・相互監視を怠ったものはいないな」

「はい」

「・・・何か隠蔽したものもいないだろうな・・」

 

そのとき若い一人の兵士が小さくあ、といい帽子を目深にかぶったルナマリアを見た。

 

「あのものが・・地下室に」

「なに?それは本当か?」

「・・・偶然下への階段を見つけたので、進んでいただけです。自分にやましいことはありません」

 

ルナマリアは後ろに手を組んではっきりという。

イザークの眉が不機嫌そうに歪むのをほかのものたちは見逃さなかった。

 

「・・・なるほど、では以上解散だ。そこのお前。話を聞く、ついてこい」

「・了解であります」

 

ルナマリア以外の者たちは、それを余計な真似をした新人がこっぴどく叱られるのだろうとしか認識していない。哀れみの視線や、ざまを見ろといわんばかりのいやみな笑みを見せながらほかのものたちは一斉に散って行った。

 

 

 小会議室でルナマリアは帽子を取り、イザークに深いお辞儀をした。

 

「ありがとうございました、気づいてくださって」

「・・これでよかったんだろう?・・でお前はなにを見つけた」

「・・・・これを・・ザラ議員に渡してください。自分はそれ以上の接触をあまり許されていませんので・・」

「・・・なるほど・・・・嫌なものを見つけたのかもしれないな・・・」

 

イザークはルナマリアが机に置いた一冊の汚れたノートと何故かやけに綺麗なディスクを入れたケースを手にする。

 

「名目上お前は暫く謹慎処分となるだろう。だがこれは必ずあいつに届ける。ご苦労だった」

「いえ、自分の意思でやったことですから」

「そうだな。よし、今日はこのまま宿舎へ戻って休むがいい。後は任せろ」

「お願いします」

 

軍人らしくキビキビとした敬礼を返し、彼女は「重い荷物」を預け、部屋を出て行く。

イザークはその二つのアイテムをじっと見ていた。

 

「なんだか妙なことになりそうだな・・・・血を見ることになるかもしれんな・・」

 

彼の直感はそれを境に明確な形となって現れ始めていく。

 

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