共存する彼ら
一瞬の緊張がアスランの背筋を走り、慌ててデータをロックしたパソコンを隠すようにデスクを片付け、ゆっくりとノックされた扉へと向かう。
懐にあるのは、一丁の小さな小型の拳銃のみ。
これが計画的で意図的な抹消目的の「訪問」なら今の彼は絶対的に不利である。
そのことも手伝ってか、酷く緊張感が漂い、その一瞬がまるで数時間のことのような拷問にも等しい長い時間に感じられた。
「ザラさーん。どうもー、ザフト軍の派遣SPでーす」
間の抜けるような軽い口調と、その後ろから聞こえる小さな舌打ちに、アスランの気持ちは一気に緩和した。
扉の向こうにいるのは少なくとも、アスランの命を狙うものたちではない。
「さっさと開けんか!わざわざ来てやったんだぞ!!」
久々に聞くその怒鳴り声は、今のアスランには最大の励ましのようにさえ思える。
扉を開き招き入れた二人のザフト兵は、彼の顔を見るや否や眉をしかめて怪訝そうな顔をしつつも、自分たちの背後を確認して、部屋への足を踏み入れてきた。
ディアッカとイザークの訪問は、周囲を疑い続けるしかない極度の緊張感の中で生きなければならないいまのアスランを少なからず安らぎを与えてくれた。
例え不機嫌そうに怒鳴られようとも、彼らの存在が今は何より有難いものに違いはないのだ。
「・・まずいことになったな・・・。そもそもなんでお前は、今更また戻ってきたんだ?」
「・・・ああ・・・俺にもよく分からないんだ・・まだなにも・・・」
分からないのだ、といいアスランはお茶を一口含んで、腕組みをして自分を見ている二人の青年に目を向けた。
彼らがアスランの元へ来たのは、勅命あってのことであり、意図的に彼らがきたわけではない。
「まあ俺たちもお前のことは気になっていたんだけどな・・。ただ敢えて俺たちをお前の護衛につけるってのがな・・いやな感じするんだよな」
「そんなの丸分かりだ。旧友の護衛なら安心だろうと、親切心のように見せかけて、「何か」あったときには、俺たちを丸ごと始末でもするつもりだろう」
ディアッカの感じていた不安の内容を、それまで不機嫌そうに黙り込んでいたイザークが躊躇することなく声にした。
盗聴の危険性や、罠であることの可能性も考慮して、あえてディアッカが口にしなかったことを言いきったイザークは、いかにも仕掛けてありそうな箇所にちらりと目を向けると、それには触れずアスランを睨みつけると、皮肉な笑みを浮かべた。
「今更だろ、裏切りの得意な貴様のことだ。疑われていても仕方がないし、それしきのこと覚悟でここへきたのだろう?」
「・・・・ああ・・・・そうだよ」
「・・ならば俺たちを巻き込むな、反抗組織による襲撃などからは我々は指示通りお前の身を守る、だがそれ以上お前のフォローをするつもりはない。精々うまく立ち回れ。お得意だろうそういうのは」
「お・・おい、何もそこまで・・」
「貴様のせいで死ぬのも、首になるのもごめんだからな。今日は挨拶だけだ。失礼する」
イザークは踵を返して部屋を出て行く。
その背中をあわてて追いかけるように出て行くディアッカは、ちらりとアスランを見遣りそして、じゃあなとだけいい出て行った。
ドアの閉まる静かな機械音と、遠ざかるブーツの足音だけがしんとした室内に残される。
アスランは僅かな苦笑にも似た笑みを浮かべると、小さな声で呟いた。
「ありがとう・・二人とも・・すまない」
彼らが徒党を組み反逆を企むこと、そしてそれを理由に彼らを、抹消することが議会の意図であるとすれば、完全な監視下にあるに近しいアスランの状況にすれば、イザークたちとあまり友好的な関係ではないことをアピールするのが最善策であり、もっとも互いの立場を危うくしない条件を作り出すきっかけでもある。
「・・・イザーク、そんで俺たちはどうすんの?」
「決まっているだろう、「仕事」だ。忙しくなるだろうな・・」
「・・こっちもこっちで・・・分かることあるだろうしな・・・」
二人の青年は険しい表情を浮かべて廊下を足早に歩いていく。回りだした歯車に一度でも関われば、また新たな歯車が回りだす。
「乗りかかった船だしな。ああ艦か?」
「くだらん」
飄々とした笑いを浮かべ、ディアッカは少し大きめの伸びをした。
そして彼は内心「うまく生きるのって難しいもんだな」と密かな毒を吐いていた。
同日同時刻、地球にて
波音が静かに夕暮れの浜辺を繰り返し繰り返し響いていた。
海が青いのは、決して水の色が青いからではない、という当たり前のことを何故だかじんわりと痛感させられる。
初めて見たはずの本物の海は、シンを何故かとてつもなく虚しい思いにさせていた。
「シン?どうしたの?もうすぐ家に着くよ」
「あ・・うん・・・海が・・赤いな・・って」
「夕暮れの海は温かいよね」
シンにとってはこの血のように赤くそして静かな夕暮れも、そんな夕暮れの元で孤独にゆれる水面も、どこか物寂しく冷たいもののように感じられた。
しかしそんな海を温かいというキラ。
「温かい・・?俺にはなんか寂しそうに見えるけど・・・誰もいない・・海って」
「僕は違うな・・誰もいないけど、穏やかで・・・そしてなんだかゆっくり瞼を閉じるみたいに眠りに付いて夜を招く・・僕はそんな夕暮れの海を優しいと思うんだ・・」
確かに穏やかで静かな浜辺に吹く風は夕暮れの冷たさを孕んではいても優しく、撫でるようにシンの足元を抜けていく。
赤はやがて深い紺色へと色を変え、そしてやがて小さな星たちが空に浮かび始める。
空を見上げ輝き始めた星を見つめ、シンは遠いプラントの人を思った。
「ほらね・・夜になれば、アスランに会える」
まるで子供に言い聞かせるようにキラは穏やかな声音で囁いた。
その言葉にはシンの感じている不安を拭い去る暖かな響きがあり、それは明確なものではなかったけれども、少なからず見ず知らずの土地に一人降り立ったシンの孤独な手を握る言葉でもあった。
「・・・君を守るよ・・・君がたとえ僕を恨んでいても、嫌っていても」
「・・恨む?・・・」
「・・・たとえばの・・はなしだよ。今日から家族なんだ。君を守りたい」
先ほどまでの優しく穏やかな声と違う、どこか芯の強い毅然とした声音がキラの口から飛び出すことが、シンを妙に惹きつけた。
「俺・・キラのことすごく好きになれそうだ。」
その言葉に嘘はない。
生きていく方法さえ分からない自分をこうしてまっすぐ見つめてくれる彼らに対して、シンは好きになることしか返すことを知らない。
共に生きていくと決めたから、守ると決めたから、目に見えない彼らをつなぐ糸は、細い糸からはっきりとした確かな綱へと変わっていく。
プラントと地球、離れていても、彼らはすべて共に生きている。
数時間前にアスランから送られたメールが、キラのパソコンへと届いた。
短い文章だったが、キラにはそれで十分だった。
「大丈夫・・守ってみせるさ・・・」
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