恋愛感情なんて所詮自分本位の押し付けがましい感情。

他人の言葉や周囲の視線で、その圧迫感を勝手に増大させ、自分にとって別段特別恋愛対象としてみるつもりなどない相手と噂をされるなど、気分のいいことではない。

誰しもそれは思うところだし、アスランは、恐らくシンもそんな不躾な視線や事もあろうことか、自分とのことを噂されるなど、断じて享受するはずがない、と思い込んでいるのだ。

 

「大体、そんな話シンにしてみれば迷惑きわまりないだろう、俺相手にそんな噂されるなんて」

 

「まあ。相手が誰だろうと勝手に噂されるのは気分いいもんじゃないですけどね・・」

「そうそう、シンも気持悪いって言ってましたしね」

 

アスランの出した答えにも、シンの答えにも、皆納得して噂をただの噂として聞き流すことにしたようだ。

つまんないのー、といいつつもヨウランとヴィーノは、友人がホモにされなくてよかったと内心安堵していた。

 

 

・・・気持悪い・・か・・・

 

 

アスランは自分で言いだしたことだが、実際にシンにそう断ち切られるように言われたことに内心少なからずショックを受けていた。

確かに迷惑だと思われるだろうとは思ったが、事実気持悪いとまで言われるとは思わなかったのだ。

 

 気持悪いとかそういうことはあまり思わないが、彼に対して迷惑だろうとそう判断しての言葉だった。

 

そこまで考えてアスランは苦笑する。

気持悪いといわれた事にショックを受ける自分に対しての驚きと、有り得ないことをとやかく考える自分の女々しさに対する呆れだ。

 

 

 

 

食堂勤務三日目になると、シンでさえすっかりおばちゃんに馴染んでいた。

流石にあのパワーはないものの、彼女たちの会話にも相槌で答えるくらいの対応能力は身についたし、与えられる仕事をキチントこなせるようにもなった。

 

「上手くなったね、さすがは赤服のエースさんだ。アスランの後輩だねえー」

 

その場合アスランは関係ないはずだが、シンには動揺させるための嫌がらせではないので、反論はできない。

 

「おばちゃん。アスランさんのどこがそんなにいいの?」

「あらやだ、あんた傍にいてわかんないの?鈍い子だねー。憧れるだろ、あの凛とした姿勢、顔立ち、育ちがいいのが丸分かりだよ。おばちゃんたちみたいな歳になっても、ああいう王子様みたいなのには憧れるもんさ」

「品行方正なエリートなら他にもいっぱいいるんじゃない?だってザフトのアカデミーって金持ちでエリートな家庭の奴らばっかじゃん」

 

 シンがそう思っているのも強ち間違いではない。アカデミーに入るには多額の入学金がいるし、中でもパイロット候補生は多額のお金が必要となる。シンには家も家族もなかったが、両親の残した保険金全て注ぎ込んで、身一つで飛び込んだようなものだ。少なくともオーブで普通の一般中流家庭に育ったシンには、到底あのお金持ちのお坊ちゃまたちにあるような品はない。

 

 中には金持ち独特の甘さゆえに堕落していき、アカデミーの訓練や、演習・講義などにもついていけず豪邸で待つ両親の元へ帰っていったものも少なくはないが、シンが知っているアカデミーの優等生といえば、たいていが家柄もいい。

シンと同じく両親はないレイであってもやはり育ての親がよく、家柄としては相当なものだ。

 

「ばかだねえ。お金じゃないんだよ世の中」

「それは俺が一番知ってるよ」

 

 何も生活の為、お金の為にこうしてエリートコースを歩めるよう必死になって頑張ったわけではない。

 

彼女たちがアスランをまるでスターかアイドルのようにきゃあきゃあと盛り上げているのは、ちょっとした余興なのだろう。

 

そう、これだけもてる理由を充分にかね揃え、実際こんなにももてはやされているのだ、シンは自分がそこに入る隙などないことを痛いほど理解している。

 

「ああ、まただ気持悪い!」

「あらどうしたの?気分悪いんなら今日はもういいよ」

 

気持悪いのはぐるぐると慣れない感情に振り回され、考えただけで鳥肌が立つような寒いことを考えている自分であり、体調不良などではない。慌てて首を振り、シンは仕事に戻る。

賑やかな女性たちの声はいつまでも響いていた。

 

 

 

 

 

 

 「俺気持悪くない?」

 

出し抜けにされる質問にしては、どう回答していいか分からない質問だ。

レイは真剣に眼の前数センチで真っ直ぐ自分の顔を見つめて言うシンに、とうとう気でも触れたかと、内心失礼なことを考えていた。

 

「で・・気持悪い?」

 

「・・・何の話だ一体・・。返答に困る。お前自身のことか、それともそういった行動のことか?」

 

「・・ですよね」

 

シンは苦笑して、ベットに倒れこんで盛大な溜息をつく。

 

「皺になるぞ」

「・・・・皺になってるのは俺の心臓だよ・・・」

 

制服の胸を?み、小さく丸くなるシンに、レイは微かな違和感と、そして不安を覚えた。

シンが変わろうとしている。

それがいいことか悪いことか。レイはそれを判断する、考えることを自分自身で認めていない。レイの使命はシンを真っ直ぐに自分と同じ方向へ走らせ続けること。それがギルバートデュランダルの願いであり、レイの願いでもある。

 

しかし、些細な事でも過剰に反応し、情緒不安定で心優しい少年ではあったが、同時に狂気じみた物を持っていたシンは、こんなに何かに悩むような人間ではなかった。

少なくともレイが知っているシンは。

 

 

 生まれて初めてレイの胸に、じりじりとした熱いものがこみ上げてきた。

この感情が「嫉妬」であることをレイは知らない。

ずっと傍で、本人が気づかないとこでまで、彼を支えてきたレイにとって、何かが欠けていたシンが自分の意志で考え苦悩するようになることは本来であれば喜ぶべきことだ、しかしそれを芳しく感じず、燻っている。

 

「シン・・・。お前はそれでも真っ直ぐ自分の信じた道を行け」

 

「・・?」

 

「・・俺はお前の味方だ・・一生」

 

 

 

 

 

 

 罰則が軽減したのには、アスランとタリアがフェイスの権限でそれを行使したというのも一つの原因だったが、切欠は事件報告時に、レイによる進言があったせいでもある。

 

「レイ。ずっと言おうと思ってたんだが、シンのことありがとう、助かったよ」

 

 アスランは艦内にレイ一人でいるのを見つけて駆け寄った。

礼を言うのはおかしな話ではあったが、もしレイが進言しなければ、あの暴力事件を、贔屓だけでフェイスの二人が有耶無耶にしてしまったと思われかねない。

自分自身の立場は兎も角、アスランにとっては自分の為に犯すべきではない罪を犯すシンの立場をこれ以上危うくすることは避けたかった、というそれだけのこと。

 

「あなたの為ではありません、自分自身のためでもあります」

 

「そうか・・うん・・」

 

「ザラ隊長・・御願いです・・あまりシンを困惑させないでください。以前も申し上げたはずですが・・」

 

「え?・・何か言ったか俺は」

 

「・・・・お気づきでないなら・・結構です。」

 

 

 レイの考えが読めず、アスランは困惑に表情を歪める。

シンを困惑させる意図など、アスランにはないし、彼の目指すものを否定することをしてはいない。

確かにおいそれと真っ直ぐ突っ込むシンを見逃してるわけには行かないし、彼には平和になった世で幸せな一生を送らせてやりたいと思っている、そのためにも、シンの考えを少しだけ、変えてやることがそれほど罪なことなのか、アスランには分からないままだった。

 

誰かと話がしたい、一人で考えるのにはもう疲れた。

 

 

 

「・・・で・・何故我々が貴様と酒を交わす羽目になる」

 

全身から苛立ちと、アスランに対する敵対心をむき出しにして、イザーク・ジュールは眉を顰めていた。

アスランはその睨みに睨みではなく無視を返す。

 

「まあまあ・・つうかお前も嫌なら先に帰っとけばいいだろ?イザーク」

 

間を取り持て上手く宥めてくれたのは、ディアッカ・エルスマンだ。

 

「うるさい!大体お前はそんなだから降格するんだ」

「ひでえー。きっつー。慣れてるけどきっつー。で・・何かあったのか?」

 

ディアッカは噛み付くように何に対して怒っているのか分からないイザークをなれた様子で扱いながら、思いつめた感じのアスランに問いかけた。

偶然にも、艦が移動中コンタクトをとって一日の合同停泊となった為、二人の旧友に会えたのだが、アスランは誰に話すべきでもなさそうな話だったが、ディアッカならばと一緒に飲むついでに話してみることにしたのだ。

 

「・・・だからそういう子がいたら、お前ならどうする?」

 

「それを俺に聞くのか・・」

 

ディアッカのもの言いたげな表情を見ていれば、聞く相手を間違ったことは一目で分かる。

 

「・・すまん・・・」

「腰抜けめ。気になるのなら腹割って話でもなんでもすればいいだろう!大体貴様と云う奴はイマイチ優柔不断だ、その・・なんだ女か?

好きなら好きといえばいいんだ!」

 

グラスをカウンターに叩きつけてイザークに怒鳴られたアスランは、一瞬にして硬直してしまった。

 

「いや別に・・そういうんじゃないと・・・思うんだけど・・・」

 

「え?なにおまえ三股はやりすぎたぜ幾らなんでも」

「はあ?誰が三股だ・・俺がいつどこで」

「だってオーブのお姫様だろ。一応婚約者だっけ?もう破棄だろうけどラクス・クラインだろ?」

「いや・・だから・・・」

 

「あ!そういえばあともう一人いたな、フリーダムの・・」

「ば!」

 

アスランはグラスを倒してしまう。

 

「きさまあああー。俺に酒をぶちまけるとはどういう根性だー」

「悪いついうっかり・・おい、ディアッカ変なこというなよ、人を悪い男みたいに」

 

 ディアッカは飄々とした口調で「違うのか?」と言いつつ、ニヤニヤ笑う

 

「でも、お前気が多いって言われるだろ?いやあ大変だね、その子も。でどの子?今ミネルバにいる?」

「だから違うって言ってるだろ、大体相手に迷惑なはなしだ」

「迷惑かどうかは分からないだろー。大体そういうはねっ返りほど案外あっさり落ちるもんなんだよ」

 

だから何故そういう話になるのだ、と反論しようとするアスランを完全に無視して、ディアッカは勝手に想像している。

 

「ええとー、お前の隊に可愛いのいたよなー。色白で・・赤い・・」

「違う違う!確かに可愛いだろうけど、そういうんじゃ!第一シ・・・」

「赤毛の、スタイルのいい女の子」

 

 アスランは口に出かけた「シンは男だよ」という言葉を慌てて飲み込んだ。ディアッカが言ったのはルナマリアのことだったのだ

 

「違うよ・・だからそういうんじゃ・・・」

「でも相手はお前のこと好きだと思うぜ、話聞く限りじゃ相当・・ああ罪な男だねー」

「・・そ・・そんなことないだろう、だってあいつは・・」

 

 そんなはず無いじゃないか・・・。

 

 

 

 

 どれほど飲んだのか覚えていないが、意識が朦朧としている。アスランはあまり酒に強いわけではなかったし飲むようになったのだってつい最近のことだ。その後大胆さが重要といいディアッカにどんどん飲まされるという軽いセクハラを受けながらアスランはやけになってかなりの量のアルコールを流し込んでいた。

 

「・・・・・・部屋どっちだっけ・・・」

 

ふらついていると、カガリがそこにいた。声はよく聞こえないが、酔っている自分を怒っているのだと、それだけはアスランにも判別できた。

しかし駆け寄ってきたのはカガリではない、キラだった。

 

「・・なんだ・・か・・やっぱり似ているな・・・」

「なに言ってるんですか。そんなに酔って、うわ酒くさ!

 

眼の前まで来るとそれは形を変えシンに変わる。

もう誰だか分からない。

 

「シン?」

 

よろよろしている自分を支えてくれたのはカガリだった。

やはりカガリだったかと、思った途端話しかけようとすればそれはキラに変わり・・そしてまたシンへと変わる。

 

夢でも見ているのだろうか、とアスランは全てを投げやりになっていた。

もはや誰でもないその人影が懸命に自分を支え歩いているのを、アスランはボンヤリトした意識で見ていた。

 

・・部屋はこっち・・だったかな・・・

 

廊下を歩く足取りはもはやしっかり歩いているとはいえない。

 

 

 

 明らかに酔いつぶれて妙な独り言を口走るアスランを支えたまま、シンは必死でアスランの自室を目指した。

 

「隊長のくせに、酔いつぶれるなっての・・・・」

「ああ。すまんすまん・・あれ?お前こんなに固かったっけ・・・?ア・・いや違う・・小さい?」

「わけわかんないですよもう」

「ありがとう・・すまないなシン」

「はいはい。」

「あれ?シンじゃない・・」

 

奇妙な会話は部屋に着くまで続き、シンが漸く息切れしつつもアスランを運びきったときには、アスランの言葉はもうなくなっていた。

 

「寝ちゃったんですか?アスランさん?」

 

 

 

 誰だろう・・キラなのかカガリなのか、シンなのか・・・なんだか分からないきっと誰でもないしこれは夢だ。

 

アスランはそう思って心地よい眠りに入ろうとしていた。このまま眠ればさぞかし気持がいいだろう。体を支えてくれている暖かな体温がますますアスランの眠気を誘い、動きも思考も緩慢にする。

 

部屋に着いたことは何となくわかった、自力で歩いてきたのか、とアスランは思ったが真横にある体温は消えていない。

顔がよく見えないが。アスランはにこりと笑った

 

「ありがとう・・お前・・可愛い」

 

アスランはその人物の肩と頬に触れそして唇にキスをした。

 

 

 

「ぎゃあああ!」

 

思わぬ事態にシンは色気も何もない悲鳴を上げ平手でアスランを殴っていた。

 

「いてっ・・」

 

気がつくかと思われたアスランは、そのまま瞼を擦る

 

「・・・・もういいだろ・・」

「え?あ・・ちょっと。アスランさん!」

 

殴られたにも関わらず目覚めることなく、アスランは腕の中のシンを抱えてベットに倒れこむ。

文字通り押し倒されて、シンは軽い焦りと恐怖を覚えた

 

「ア・・アスランさん!」

「・・うるさい・・・俺は・・もうねる」

「は・・はなしてくれよー」

「・・うう」

 

シンは上にのしかかられ抱きしめられたままその場で硬直していた。

 

「ちょ・・ちょっとー!」

「静かにしろよ・・・はいはい・・おやすみー」

 

そしてもう一度、まるで子供に親がするみたいなキスをして、アスランは眠りに落ちた。

 

もはや混乱と心臓の爆発で、シンは気絶半分青赤い顔のまま動けなくなった。

 

「・・・どう・・しよう」

 

 

穏やかなアスランの寝息、酒によっているとはいえ、数センチ先にあるアスランの顔、シンは全身真っ赤なり血液の逆流する不健康な音を聞いたような気がした。

温かな体温と、心臓の定期的な鼓動,生きている人間の重み。

息苦しいのは、圧し掛かられているからだけではない。

 

それでも起きる様子など微塵とないアスランに、逃れることを諦めた。

また誰かと間違えたのだろうか、寝ているアスランを起こしたあの時みたいに・・・。寝顔を見るのは二度目だったが、シンは以前のそれ以上の緊張と息苦しさを感じている。

 剥がそうにもしっかり自分を抱きしめ放さないアスランにシンは力を抜いた。

 

やろうと思えば蹴り倒して引き剥がすことはできるの、でもそれをしないのは上官に対する遠慮ではない。

 

「・・アスランさん・・・・」

 

 シンは自然と流れてくる涙を留めることは出来ない。

 

 

 

 

 

寒すぎて涙が・・・。
アスランは酷い男ですね。しかしこれでくっつくアスシンじゃない。
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