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穏やかな夢を見た。幼馴染が手招きをしている、そして彼の横に彼女の姿も。

 

そうか、やっぱり夢だったのか、平和になったんだ・・・。

 

アスランは彼らの元へ駆け寄ると、顔を綻ばせる。何も疑うことなんかない・。

 

 

しかし夢は夢でしかなく、瞼一枚越えたところに無視しようがない現実を突きつけられる。

アスランは温かい体温に目覚めた、人の温もりだ。しかし柔らかな肉も、どくとくの小さな肩もない。あるのは細く張りのある筋肉のついた腕と肩。そして見慣れた黒髪。

 

「シ・・シン?!」

 

「・・・・う・・ん?・・・・なんだ・・起きたんですか?」

 

「お・・起きたんですかって・・・・お前なんでこんなとこで・・?ここは俺の・・・部屋だよな?」

 

「そうですよ。覚えてないんですか?」

 

寝起きの頭をフル回転させても、自分の動向があまりに朧で、自信を持っていえるほど確証の持てる答えはないアスランは、ただ目を泳がせていた。

あまり寝起きのいいとは言えないシンは、ゆっくりと起き上がり、じっとアスランを見つめた。

 

 

「俺は・・一体・・・。昨日は確かイザークたちと飲んで・・」

「酔っ払ってそこでふらふらしてたんで、部屋まで連れて来たんですよ・・・。そしたら・・いきなり・・・」

 

「えええ?」

 

「覚えてないんなら、いいです・・・・」

 

「ちょっと待て俺、何したんだ?まさか・・まさかなあ?」

 

情けないくらいに慌てふためき、それとは正反対に淡々として部屋を出て行こうとするシンを追いかけて一緒に部屋を飛び出す。

 

「待てシン、俺は・・・」

 

何をしたんだと、それを聞いてしまうのは恐ろしかったが、聞かずにやり過ごすことなどできない。

あまりに無様なアスランの慌て方に、シンは小さく笑う。

 

「・・激しいんですね、アスランさんて」

「!!!」

「それに強引だし・・」

「!!!!!!?」

 

「・・ちょっと本気にしないでくださいよ、何もないですって、服着てるでしょ?」

 

確かに二人ともTシャツだし、アスランは、下もまだ軍服のままだ

 

「あ・・・」

 

「アスランさんが酔っ払って俺を抱きしめて寝ちゃったんですよ、どうせ誰かと間違えてたんでしょう?」

 

「ああ・・・そうか・・」

 

 

危惧していた最悪の事態を逃れ、ほっと胸を撫で下ろしたアスランは、?んでいたシンの腕を放す。

 

「すまなかった・・迷惑を掛けたな」

「別に・・いいですよ、この前のこともあるし」

 

手を繋いで寝ていた独房での一夜、その借りだといい、シンはそれじゃ、といい足早にアスランの部屋の前から姿を消す。

 

 

 

 

 しかし事実に関係なく、もう言い訳のしようのない噂の伝言ゲームはミネルバの艦内を広まっていた。

二度目ともなればその言い訳にも説得力というものがなくなる。

背中に刺さる視線の痛みと、好奇の目の居心地の悪さに耐えながら、アスランは最早味を感じることもなく朝食を詰め込む。

 

「・・・とうとうやっちまったか・・・」

 

飲み込むつもりはまだない咀嚼中の野菜が喉を無理やり通る苦しさで、思わず咽るアスランをハイネは笑う。

 

彼がミネルバに搭乗してくれたお陰で、ザラ隊一行のぎすぎすとした仲も緩和されたのだが、彼のそういう調子のいいところを尊敬半分迷惑でもあった。

 

「・・・出し抜けに。信じてくれないのか?タダの噂だって」

「でも部屋から出てきたとき、もめてたんだろ?痴話喧嘩にしか見えないよそりゃ・・。お前忙しいな、戦いに悩んだり恋に悩んだり」

「だから違うって言ってるだろ!」

 

アスランはコーヒーで喉に詰まるものを押し流してきっぱりと言い切ると、食堂の厨房の片隅にチラッと目を向けた。

 

 

 

朝早くから黙々と鍋をかき回したり、皿に料理を盛り付けたりするシンを、おばちゃんたちは不思議そうに見ていた。

 

「なああんた、いくら罰則だとはいっても、そんな朝早くにエースパイロットさんに手伝わせることなんてできないよ」

「俺暇なんだよ」

「嘘おっしゃい、忙しいくせに・・何逃げてるの?」

 

彼女たちにとっては息子くらいの歳或いはもっと幼いかもしれないシンの感情の変化など、読み取るに容易い。

苛々した足取りで、やってきては、無意味に張り切って、その苛立ちを本来彼がすべきではない筈の仕事にぶつける様はどこをどうみてもただの逃避だ。

 

「・・・朝から噂になってたよ、あんた・・アスランと・・」

「変な噂信じるなよ。そんなわけないじゃん」

「・・だよねえ?・・まさかー。にしてもなんだろうねあの空気、みんなアスラン見てるよ」

「・・シンあんたが行って早めに弁解しとくべきなんじゃないの?」

 

弁解などしてやるつもりはない。

こういうとき立場上部下である、シンではなくやはりアスランが「最低」にみなされ注目を浴びるだろう、、シンの返答しだいでは、アスランは最悪の加害者になり得るのだ。

 

「悩めばいいんだ・・あんなひと・・」

 

誰とも分からない人と、間違えて・・自分じゃない誰かにキスをした。

報われないのなら、せめておおいに悩んでくれればいいじゃないかと、シンは決め込んで弁解したりフォローしたり一切しないと決めていた。

アスランが自分の為に悩むことなど、もうないかもしれない、それにアスランは自分のものではない、なり得ない。

 

 シンは乱暴な手つきで柄杓を鍋に立ててかき回した。

 

 

 

「差し出がましいようだけれど・・・」

 

「お言葉承知しております。完全否定します」

 

「・・・そう・・・」

 

アスランに対してタリアが持ったのであろう疑念を、彼女に内容を全て口に出される前に、アスラン自身がきっぱりと否定した。

 

「情けない話ですが、酔っていただけです。眠ってしまったらしく、その際送ってくれた彼を巻き込んだ・・それだけです」

「・・・まあ・・事実はどうあれ・・そろそろハッキリさせるべきでしょうね・・」

「何をですか?」

 

仕事中にする会話ではないと分かっていても、艦長であるタリアにとって、重要な艦随一のエースチームが泥沼でいざ出撃と云うときにまで揉められていては迷惑極まりない。そんなことで自分の評価を下げたくはないだろう。

 

彼女の質問にもきっぱりと否定したアスランではあったが、既に疑惑は否定しきれない範囲に広がったようで、いっそ本当にそうだったら楽なのにと安易なことさえ考えてしまいたくなる。

 

「・・御願いだから早めに片付けて頂戴、そういう問題は」

「ですから、それ自体が誤解だと」

「・・・・。あなた相当鈍いのね・・しょうがないのかしらこの場合・・」

 

問題児であるシンを抱えたときからタリアは彼のことを少しずつ理解してきた、それでも彼の全てを理解など到底できはしない。しかし傍目に見ていて分かるかどうかは計り知れないが、タリアの目から見たシンは確実にアスランに対して『恋愛感情』を抱いている。

それにアスラン自身が全く気づく様子もなく、おそらくシンも肯定しようとしないのだろう。

 

認めて、そしてその感情を受け止めたとしても100%同じ感情をアスランがシンに返すかどうかなど、タリアには分からない。

しかし誰かが箍を外さなければ進むこともない。

反則であると知っていてタリアは溜息の後に言う。

 

「シンは・・あなたのことを好きなのよ、恐らく」

 

「え?」

 

「・・・先輩として尊敬する憧れの人としてではなく・・一人の人として・・これを恋愛感情と言うのではないかしら?」

 

「な・・・!艦長何をおっしゃっているんですか」

 

 案の定慌てふためき、さも意外なことを言われたかのような反応を示すアスランに、タリアはまたしても最大級の溜息をつく。

 

 

 

 

 

 シンの苛立ちは周囲にいる全ての人に伝わるほど分かりやすい、それはいつものことだったが、今日の荒れ様の分かりやすさは此処最近なかったほどのものだった。

 

「いいじゃないの、勝手に言いたい奴らには言わせておけば」

 

「俺は別にどうでもいいんだよ、そんなこと」

 

ルナマリアの宥めすかす言葉にも、苛立った声でしか答えられないシンの未熟さを、愛しいと思う反面呆れていた彼女は、シンが荒れているのが周囲の不躾な視線のせいかと思っていた。

事実それもあるのだろうが、シンの苛立ちの原因は、周囲のことなどではなかった。

 

 

「・・どうだって・・・」

 

 

彼の呟きが、ルナマリアの耳に届くことはなかった。

それでもやはりシンは、己が意志の揺らぐ音に体中を打ちひしがれていた、全てを否定しても、沸き起こる感情はやがて、シンを飲み込んで考えたくもない悩みの深淵に沈み込ませていくのだ。

 

苛々する・・。

 

 

 

 

 

 シンが噂のように恋愛感情で自分に好意を抱いているなどということをまさかアスランが信じる筈もなく、行った先々で言われる熱愛報道の真実を完全否定し、アスランは噂の沈静化を待つことにした。

 

 しかし酔っていたとはいえ、まさか記憶がなくなるとは思わなかったのだ。

 

「・・噂に巻き込んでしまって悪いな。お詫びに食堂でよければなにか奢るよ」

 

 

 だからこうして謝罪の意味も込めて時刻が1800を越えたあたりで、眠たそうに作業をしているシンに声をかけた。

 

「・・・あんた頭大丈夫ですか?」

 

 シンが返したのは、あまりにも可愛くない返答で、相手がよほどの温厚な人物か、或いはバカでなければ激怒していただろう。

声を掛けたアスラン自身返される返答に、どうリアクションを起こしていいか分からず完全に固まっていた。

 

「・・俺とあんたで食堂なんか行って、仲良く食事なんてしてたら噂肥大するだけですよ。わかって言ってるんですか?そんなに噂されるの楽しいんですか?」

 

眉を吊り上げ、呆れにもにた侮蔑の視線でアスランを見るシンの表情に、アスランの知らない彼の微妙な純情な気持ちが含まれることなど、周囲で見ている誰にも分からないだろう。

 

「いや・・・でも否定すればするほど怪しいだろう?・・もうどうしようもないんだし・・」

「迷惑な話ですね、あんたのせいでもういいっていってんのに」

「すまない」

「悪いと思うんなら俺に近づかないでください。レイ、行こう」

 

シンはふんっと顔を背け、傍で黙々となにやら作業に没頭している様子のレイを引きずるようにその場から逃げ去る。

その背中が、自分を恋愛感情で好きだとは思えるはずもなく、朝のまだ冷静で苛立ちなんか見せていなかったシンとはまた別のシンの感情にも気づきはしない。そしてアスランは『相当嫌われてしまったな』と思い込んでいた。

 

 

 

「シン、いいのか?」

「何が?」

「あのままで・・・」

 

レイにそのことを諭されるなど思いもしなかったシンは目を丸くして、それからどうでもいいよ、と粗野な足取りで歩調を速めていく。

彼の否定を蒸し返すこともなくレイは黙ってつき従う。

そんな時、レイに感謝したくなる。

 

「レイはやっぱいいよな、わかってくれる・・」

 

「・・・そうか・・・」

 

 シンはそうだよ、といい少しだけ笑った。

 

 

 

  

 不毛な恋心と分かっているから、叶わないと知っているから、アスランの筋違いな優しさがシンを苦しめている。

そんなことで苦しむのもバカらしいと、必死に目を背けても、傍にいるしかない、この状況が憎らしくもあった。

 

 

 一人になりたい、こんなに孤独を欲することなんて元々孤独な自分にあるなんてシンは思いもしなかった。

その一心で訪れた誰もいないドッグで、インパルスの機体を見上げている。

自分に与えられた刃、それがインパルス、そしてこれを操る自分の能力次第で、これは大いなる力となる。全てを断ち切る力。

 

「・・こんなところにいたのか・・」

 

今インパルスに乗っていたら、間違いなく衝動的に声の主を踏みつけていたかもしれない。とシンは激しく肩を落とす。

 

「・・いい加減にしてくださいよ・・なんなんですあんた・・」

「いい加減って・・・。お前が逃げてばかりで話しをしようとしないからだろう」

 

通路の手すりの間から足をだらんと垂らして座っていたシンの横にアスランは腰を下ろす。

 

「シン・・・その・・・」

 

「もういいって言ってるでしょう?早くあっち行ってくださいよ」

 

「だから悪かった・・そんなに毛嫌いしなくても・・」

 

反射的にかっとなったシンは勢いよく立ち上がろうとしたが、柵の間に入れていた足を引っ掛けてしまい、自ら鉄柵に頭を打ち付けた。

 

「っだ・・・・・ああ・・いってえええ」

「何をしているんだ、お前大丈夫か?」

「うるさい!」

 

シンは怒鳴りつけるように、頭を摩りながらアスランを睨む、痛みで滲んだ生理的な涙の先に見えるアスランは、やはり優しい顔をしていた。

 

「・・なんだよ・・・もう・・」

 

「シン?・・・」

 

「いい加減にしてください!そんなつもりないなら、優しくするな!俺はあんたがそんなだからすげえ迷惑なんですよ!思いもしなかった感情に振り回されて、あんたのせいでぐちっぐちゃだ!」

 

 シンの怒りに充ちそしてどこか縋る様な叫びが、アスランの心の思いもよらない部分たたきつけられる。

 

「我慢してんのに、なんでそっちから寄ってくるんだよ、俺はあんたが好きなんだよ、おかしいかバカやろう!気持悪いでしょ?!どうせうじうじなやんだ挙句に断るとか無意味に気を使ったりするから嫌なんだよ、むかつく!さっさと気持悪い、どっかいけ、俺はお前と噂なんて迷惑だって言えばいいだろ?!」

 

 叫んでいると、次第に頭を打った痛みによる涙の量を超えた涙が溢れ出す。惨めにも感情むき出しで、泣いて叫んで、そんなことをするつもりなんて微塵となかったのに、シンの沸き起こる苛立ちや、強い想いは留めることはできなかった。

 

 シンの言葉の衝撃で、アスランは目を見開いたまま硬直していた。

まさかシンが本当に自分を好きだとは、彼は思わなかった。誰に何を言われても、シンはそれがいやで迷惑と感じていると思っていた。

 

「・・・俺のこと・・見るふりなんか・・するな・・・・」

「・・・シン・・俺は・・」

「・・・・あんた昨日のこと覚えてないんだっけ?覚えてないでしょうけど、酔っ払って帰って来て、わけの分からない独り言いって、俺のこと『誰かさん』と間違えてキスしたんですよ」

「・・!?・・ええ?」

 

ここ最近ほど自分の間抜けさを痛感することはアスランにはなかった。記憶にないとはいえ、アスランは誰と彼を間違えたのか、間違えてしたのか、そうではないのか、それさえ分からない、言葉にされるとふつふつ蘇る醜態の記憶。

確かにシンに出会った、夢だと思った。部屋まで運んでくれたのは、誰だっただろうか。ひどく可愛いと愛しいと感じただからキスをした。

それが本当は誰であったかということも関係なく。

 

 アスランには別段酔ってだれかれ構わずキスをするような癖はない。そう彼自身思っていた。

 

「・・・す・・すまない・・・・それは・・」

 

「だから謝らないでください!俺は・・嘘でも・・・あんたが・・・」

 

泣いている彼に思わず手を伸ばす。

 

柔らかい頬の感触が指先に伝わり、そして温かい涙が、アスランの指を伝い、鋼鉄の地面に落ちた。

 

 

 シンはその手を握る。

 

「分かった・・・じゃあこうしましょう」

 

泣き喚いていたシンはそこにはいない。まっすぐアスランを見て、アスランの手を引いて歩いていく。

 

「どこへ?」

「・・アスランさんの部屋。片付けましょう、全部」

「え?」

 

こつこつと地面を打つ二人の足音が足早に、廊下を抜けていく、誰にも会わなくて本当によかったと、アスランはこの後に及んでそんなことを考えていた。

シンの意図が見えず、ついて行くだけのアスランは、自分の部屋のカードキーを強制的に奪われ、ドアを開けられ部屋に引きずりこまれる。

 

 

 

「シン?・・なんなんだ突然」

 

「片付けるんですよ」

 

「だから・・」

 

シンは軍服の上着を手早く脱ぐ。その行動に色気の何もありはしない、しかしシンの眼差しは真剣で、ひどく真っ直ぐだ。

 

「・・・一発やりましょう。」

 

「へ・・?」

 

「・・不細工になりますよ、そんな顔してたら。だから、セックスしましょうって言ってるんですよ。選らんでください。俺のことが絶対そういう風に見れない、っていうんなら、断ってください。でももし、気持悪くない、大丈夫だっていうんなら、俺のことそういう意味で好きじゃなくても相手してください。1回きりです。それで全て忘れます」

 

 

彼の口から聞こえる言葉があまりに彼らしくなくて、アスランは驚きを越え、何故か感動していた。

シンが本当に自分を想っているそれを、信じることのできる目だった。

 

「シン・・・」

 

「できないんなら十秒以内に俺を追い出してください、10.9.8・・」

「ちょっと待て、でもそれは!」

「待ちません。7.6.5・・」

 

カウントダウンがスタートし、シンはアスランを睨みつけたまま着実に、0へと進む。

どうすればいいかなんて、分からない、シンのカウントダウンは、アスランを追い詰めていく。

 

「4・3・・2・・」

 

「シン!・・」

 

「1・・0・・・・・終了。もう四の五の言わずに、やりますよ」

 

シンはアスランの唇に唇を重ねた。

シンアス?!まあ・・ある意味そうかも。文公していないスピード書きなので、最悪です
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