6(R-15)
「さあ・・・やりましょう」
シンは唇を離し、そしてアスランの襟元に手をかけ、制服のホックを外す。
「シン」
「話しかけないでください。気が散ります」
「・・・お前がやるのか?」
「・・や・・やりますよ、アスランさんは楽してていいですよ」
シンは乱暴に上着を脱がせ、アスランをベットに座らせて思い切り圧し掛かるが、アスランはそんなシンに色気ある反応ではなく、ある意味完全に拍子抜けして、目が覚めたような表情になっていた。
「な・・なんですかその顔は!」
「あ・・いや・・・」
先ほど部屋に入って、勝気で目で迷いのない強い目で自分を見て、自分を睨んだシンの言葉にしては、あまりに不慣れで、子どもじみた行為だった。
キスをするというよりは顔面をぶつけられたという印象のほうが強い。
それだけ必死だったのだろう。
アスランは彼を信じた。
彼の想いを嬉しいと想った、と同時に切なくもある。
シンの不器用でひたむきな感情は、アスランを酷く気恥ずかしくも優しい気持にさせていたが、アスランにはそれに答え、彼を受け入れることはできない。
「・・・シン・・・」
アスランの膝に圧し掛かったままシンは真っ赤になって、歯を食いしばる。
こんな惨めなことはない。悩んで決意して、勢いでなんだってしてやると思っていたのに、アスランはあっさりと自分の決意をかわした。
いざとなって強気でいたくせに何も出来ない自分の間抜けさを痛感するくらいなら、気持悪いといって追い出して欲しかった。
「・・・無視・・・かよ・・・・。人が・・どんな想いで・・・」
「違う、びっくりしただけだ」
「・・・だったら、さっさと追い出せば・・よかっただろ。もう・・・俺・・惨めすぎる・・」
「・・ごめんそうじゃない」
アスランは真っ赤になって悔しそうに表情を歪めているシンの頭を撫でる。
「だからそれやめてください!」
跳ね除ける手をアスランは掴む。
咄嗟に掴んだシンの手首を、アスランは強く握り締める。
「いた・・・!」
「・・上官に対する暴力、及び暴言は処罰に値する」
「な・・・」
「それは冗談だ・・・シン・・俺に対しては別にいい。お前には、相当苦しい思いをさせてきたようだから・・・それは俺の非だ・・甘んじて受けよう・・だから、俺からも選ばせる」
アスランは、手に加えていた力を緩める。
シンがどれほど自分を想っていたのか、ようやく分かった。そしてそれと同時に、これは大きな賭けであることも。
強い想いを抱いたままのシンを無視し、気づかない振りをし続けることは、できたかもしれない。シンがこうして行動に移さない限り、気づいていてもアスランはそうしていただろう。
アスランは卑怯だ。そして彼自身そんな自分を知っている。
だからこそ、シンの決意を無駄にはしたくないと、そう思ったのだ。
そのアスランが提示した選択が、シンにとって、どんな報われないものだとしても、どういう形であれ、はっきりとした結果を出すことが、シンにもアスランにも、最良なのかもしれない。
アスランは?んでいた手を放し、シンを真っ直ぐ見て言う。
「・・答えから簡潔に言おう、俺はお前の恋人にはなれない」
「・・・・」
「答えはだした。だから、お前と同じ質問をする。だがお前の気持を嬉しく思うし、気持悪いだなんて思わない、ただ恋人にはなれないそれだけだ。だから、それでもお前が、俺とセックスすることで何かを昇華できるならやろう。それでもお前にどうにもできないしこりが残るというなら、すぐにここから出て行け」
随分酷い人だな・・とシンはぼんやり思う。
なんて残酷な選択肢だろう、分かっていたのに、ほんの少しでも期待していた自分が、惨めだった。
このまま部屋を出て行くことが最良で、これ以上アスランに不必要に感情を押し付けるようなまねはしたくない。シンはアスランの上から退こうと体を動かそうとした。
しかし、足も体も、シンの決意に反してアスランの元を離れようとはしてくれなかった。
最良の選択よりも、シンは自分の醜い感情を選んだ。
「・・・わかりました・・。じゃあ今夜だけ・・いや・・・ほんの少しの間だけでいい。ふりでもいいから・・俺を見てください」
彼の決心を無駄にしたくはないと提示した選択肢に、彼も彼なりの答えをくれた。
アスランは頷く、彼の恋人にはなれない、恋愛感情を抱くこともできない。
けれど、酷く愛しいと思った。だからこそ、アスランなりの誠意の形として応え、シンの一回り小さな体を抱きしめた。
不毛な恋だと知っていて、押さえ込んでいることができなくて、吐き出した。
男同士である以前に、シンにはこうした行為は経験がない、即物的でまるで獣のような性欲と云う感情に、シンはどこか嫌悪感を抱いていた。
なのに、どうしてか、今そこにある人物の生々しい人の体温が、全ての嫌悪感を払拭させていた。
今だけと分かっていても。
薄暗い部屋の中に響くのは、唾液の絡まる粘着質な水音。
頭の芯を麻痺させられたような感覚が、シンを包み、やがてその行為に夢中になる。
それはお互いだ、いざその場になると、どこか冷静になってしまうのではないかと、思っていたアスランは、次第に高潮していくシンの頬や自分に縋るその手に誘われるように、夢中になってキスをした。
まるで貪るようなキスは、一夜の記憶をしっかりと刻み込むかのように続く。
慣れない行為に息苦しさを感じ、顔を背けたシンの白い首に吸い寄せられるように唇を落とす。
戸惑い、宙を彷徨う手を繋ぎ握り締めると力なく、シンがその手を握り返した。
「・・・っん・・・・」
まるで壊れ物を扱うかのような優しい行為でも、清浄な綺麗な行為でもなくそれは本来シンが嫌悪していた動物的なもの。
彼の手で全身に熱を与えられる、それがどんな意味を持つとしても、もう引き返せはしない。
愛撫が次第に激しさを増し。シンの昂りを更に追い立てていく。
快楽に身を委ねることに慣れない体は、羞恥と混乱で戸惑いながらも、与えられる悦びを拒絶できない。
「・・・痛い・・だろうけど・・・平気か?」
ただ黙って頷く、高潮した頬に涙を浮かべ、それでも笑って。
・・・可愛い。
自分が最低だとわかっても、湧き上がる熱を、アスランは押さえられなかった。
肉が裂けるような痛みに息を呑み、それでも必死で彼を受け入れた。
ぎしぎしと全身の組織が悲鳴をあげ、行為を否定しようとしていても、シンはそれを無視してアスランだけを見ていた。
二つ年上というだけで、どうしてこうも違うのだろうか、と内心情けない想いもあった。それでも憧れと彼に対する今まで感じたことのない感情に、シンは揺れ続けていた。
嬉しい、体がどれほど痛くても、この先どんなに苦しい想いをするとしても、一時でもアスランが自分を見ている。
「っあ・・・!」
「・・っ・・大丈夫・・か?」
「・・・大丈・・夫・・です・・・くっ」
息苦しさと痛みに声を途絶えさせながら答えるシンの体を深く抱きこみ、キスをした。
腰を深く推し進めると痛みと圧迫感にまた悲鳴が上がる、それでももう手加減が出来るほど、アスランは大人にはなれなかった。
醜い、感情のない欲望をシンの体内に打ち付ける。それは彼が望んだことだと自分に言い訳をして。
「・・・ああっ!」
嬌声を上げ、しなる体を抱きこんで、白い肌を辿り、唇に食らいつくと、その腕は背中に回されアスランを抱きしめる。
感情のままに、二人は互いの熱を貪った。
紅い瞳が涙に濡れ輝き、アスランを見た。
それは酷く悲しくてそして、本当に綺麗だった。
綺麗な横顔が視界の端に映る。
目が覚めたシンは、ぼんやりとその横顔を見ていた。
「・・目が覚めたか・・・」
優しい声で、そういうとエメラルドグリーンの瞳は自分を映す。
「・・・・そうか・・・俺・・・・」
「何か飲むか?・・大したものはないが・・」
「いえ、結構です、もう・・帰りますから」
ゆっくりと体を起こすシンの髪の毛に触れようとした手を、アスランは慌てて留めた。
シンはそれに気づいたのか、力なく笑う。
「そんな顔、しないでくださいよ。なんかそういう顔されるとすげえ俺が間抜けなんですけど」
アスランは優しいが、戸惑った顔をしていたからだ。
シンはベットを下りると自分の肌をじっとみる
「すげえ・・・アスランさんて本当に結構激しいんですね。」
「悪かった。」
「いい勉強になりました。さすがフェイス」
シンのまるで先ほどまでのしおらしさはどこへ消えたのかというあっけらかんとした態度に、アスランは目を丸くする。
「お・・おい、シン」
「なんです?頼むから気を使うとかそういう、面倒なことしないでくださいね、こっちが気を使っちゃうでしょ?これで終わりすっきりさっぱり、俺もまあほろ苦く、あんまりできない体験したわけだし」
そのときアスランは何も答えることはできなかった。
アスランの部屋をよたよたと出て行くシンは、苦笑する。
「あてて・・・あれって結構本気で痛いんだな・・・。うう・・明日インパルス乗れるかなあ・・」
現実的な悩みを口にしながら腰を抑えて廊下を歩くシンの足取りは、まるで酔っ払いの千鳥足だ。
「色んな意味でっきりした。これでもううじうじしなくて済む」
「でももう二度としたくないなあ。あんな痛いと思わなかったし」
誰にも聞こえない独り言で、シンははははと笑いながら呟いて、そして立ち止まる。
「これで・・・・すべて・・・」
終わったのだ、それを自覚した瞬間、湧き出る涙は止め処なく流れてくる、先ほどから自分でも情けないくらい泣いてばかりだ、でも今は泣きたい、ただ泣いてしまいたかった。
あんなことしてそれで忘れられるような、簡単な恋心だったのか、そうじゃない、応えてもらえないと分かっていたけど、それでも嘘でもいいから自分を見てもらい、恋心を思い出に変えてもらうつもりだったのに。
「・・・・」
泣きながら廊下を歩き、やがてたどり着いた自分の部屋のドアの前にレイはいた。
「・・・レイ・・・」
「・・顔、汚いぞ。泣くなら部屋で泣け」
「・・・ううううー」
子どもみたいに顔をゆがめなくシンを、レイは慰めるでもなく、叱咤するでもなく、黙って彼の傍にいた・。
これで本当によかったのか、それが彼の為になったのか、アスランは分からない。
何かに意を決したように、強くなっていくシンと、そして動きだすプラント、アークエンジェルそして運命の歯車は回りだした。
その日を境に、迷わず進むことを決意したシンと、世界の真実に翻弄されるアスランが、刃を交えることになる。
信じていたのに・・。彼は何もかも抱えて自分の前から消えていこうとしている。やり場のない想いも、信頼の感情も。そして戦友としての愛情も全てを抱え、何も応えず、ミネルバを去った。
だから殺した。裏切るから、逃げるから・・・。
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