屍は語らない

 

 

 「いいかお前たち明日1100、エリア○○にある廃シャトルの回収作業を行う」

 

教官である男の、低く重鎮な雰囲気を孕んだ声は、ザフトの士官学校を学び舎とし、兵士を目指す若者たちを一斉に澱んだ感情に叩き落す。

 

廃棄になったシャトルとは、言い様で、事実そのシャトルは、先の大戦の折、移動中に被弾爆破し、回収しきれていなかったザフトの作業艦である。

被弾した際に生じた、放射線物質の影響で、暫くは近づくこともままならなかったそのシャトルに残された「殉死者」の遺体を回収することが、今回の演習の課題の全貌だ。

 

「班は折って発表する、恐らくはいつものメンバーになると思え、それと、物怖じするもの、拒否するものは単位はやらん」

 

 厳しい声が、不満を顔に出し顔を見合わせる少年たちを一喝した。

 

「・・それと・・無重力空間じゃゲロは下には落ちない。吐くなら袋でも用意していろよ。以上、解散」

 

 

 一瞬にして青ざめた彼らの顔には、恐怖と欝蒼とした気持が充ちている。モニターに映し出された演習の概要を口々の不平不満を言いながら見ている。誰しも死後一年以上経つ様な遺体を回収するような君の悪い作業をしたいとは思わない。

そんな彼らを横目に見ながら、シンは彼らに内心「だったら家に帰れ」と毒づきモニターに映し出された情報をメモに取る。

 

「どうやら同じ班のようだな」

「レイ、ああチームのメンバーがお前とルナマリアでよかったよ。あいつらみたいな弱いのと一緒じゃ作業にならないもんな」

 

メンバー表を見ながら傍に立つレイにそう言うと、一瞬にして冷ややかな空気が流れる。

全てがシンに対して好意的ではないことの象徴のようだ。恐らく彼らがシンに対して感じているのは、後ろ盾もなく、家柄も財産も何も持たない戦争遺児らしきシンが、いつもレイやルナマリアといった優秀メンバーの一員として組み込まれ、事実その成績において、シンが彼らに並んでいることが気に食わないのだ。

 

 

 

 妹の残したピンク色の女の子らしい携帯電話を握り締めて、シンは一人部屋の隅にしゃがみ込んでいた。

この宇宙で、強くある為、自分の『願い』をかなえる為に、どれほどの苦労も厭わない決意で、シンはアカデミーに入学した。

トラウマをトラウマにしてしまわないように自分を変え、精神を守るための防波堤を作り、迷いを全て断ち切りここへいる。普段は普通の少年少女たちと同じように、会話をし、気の合うものとはふざけあったりもするシンだが、その本音は周囲が思う以上に重々しく、そして強い。

 

 

 翌日の演習開始時刻、シンはレイとルナマリアの二人と合流した。

ここで彼ら三人に同行するのが、現ザフト軍兵士の一人、緑色の制服を着た気さくな笑顔の青年だ。

一班に一人、隊長として先輩兵士が演習の補助をしてくれるのだが、シンたち三人の班の青年は、あまりにその戦場という場所には不似合いの明るい笑顔を浮かべていた。

 

「ではこれよりポイントへと移動を開始する。私語は厳禁。引き返すなら今のうちだ」

 

 作業艦で移動し、あるポイントに達すると、無重力の空間に、シャトルのボディを形成する破片がゴミのように浮いていた。

 

「それでは作業開始」

 

 

 レイを先頭に、シン、ルナマリア、そして付き添いである兵士は宇宙の藻屑となったシャトルへと接触し、中へと入る、中には既に数名の同じ演習を受けている学生たちがいて、悲鳴を上げていた。

 

 腕や足のない男性の遺体がそこをまるで泳ぐように浮かぶ、空気のない宇宙空間のお陰か、腐敗は遅れ、まだ死体は今正にその生を失ったかのように、生々しく、今にもコチラを向きそうな見開いた目は、見えていない筈なのに、声に詰まったシンを見つめていた。

 

「・・・!」

 

 湧き上がる嘔吐感と、ぞっとする感覚がルナマリアの全身を包み込み、気丈でいつも前向きな彼女でさえ、その光景には声を失う。

 

「・・・さあて・・仏さんを、ゆっくり眠れる場所へ返してやろうか」

 

 そういった先輩兵士、彼の言葉で、我に返った三人は遺体を回収する、シンは心が途切れ砕け散らないように、自分の心臓に括りつけた。

この作業をしながら考えるのは、両親と妹の死の瞬間、しかしこの遺体と家族の死は別のもの、その死の意義も、その存在の意味も。

怖いと思うこと、気持悪いと思うことが、死者に対する冒涜になる、作業をしながら先輩兵士は言う。

 

この遺体は「殉職者」だ。

 

 

 

 

 回収した遺体を引き取りに、彼らの両親や家族がアカデミーの霊安施設へとやってきた。

その表情は弱弱しく、この一年待ちくたびれ、なき果てた、そんな顔をしていた。

しかし、我が子の眠る顔を見た瞬間、彼らは再び悲しみと、深い絶望の淵に立たされる。

 

「どうして・・どうして一年も放っておいたんですか?!この子はずっと・・暗闇で・・・」

 

母親は遺体の前に泣き崩れ、ザフトの兵士たちにたてつく。

 

「こんな・・・遺体回収をまるで練習みたいに演習課題になんかして・・このこが可哀想じゃないか!」

 

ある父親らしき男は侮蔑の目をアカデミーの学生たちにも向ける。

 

「返してよ!私の弟よ!こんな晒し者にして冒涜だわ」

 

当然の感情だろう。

 

 

 「・・・冒涜してるのは・・あんたたちだろ」

 

シンが口にしたのは、彼自身言葉にするつもりもなかった言葉だ。

 

「・・・なにを言ってる・・貴様・・。オレの息子が・・死んだんだぞ?・・・可哀想にまだ・・・十八で・・」

「だからなに?」

 

シンはその父親を睨み返す。

顔面を鮮烈な痛みが走り、地面に無様に尻餅をついたシンは、口の中に広がる、鈍い鉄の味を噛み締めた。

父親の怒りと嫌悪に充ちた眼差しは、視線だけでシンを射殺そうとしているかのように鋭く、そして負の感情に満ちていた。

周囲の者たちは慌て、他のザフト兵はシンを殴りつけようとする男を取り押さえ、その彼に吠え付こうとするシンを取り押さえる。

 

 

 

 その後遺体が全て家族の元へと戻った後に残ったのは、教官や他兵士、そして学生たちのシンの発言に対する、激しい怒りと、憎悪の視線だけだ。

教官の叱責の声がまるでただの騒音のようにシンの耳を通り抜ける。

 

「最低だな・・あいつ・・・・」

 

「あいつは今に切れて人を殺すぞ」

 

「見ろよあの赤い眼・・鬼みたいじゃないか・・」

 

「シン・アスカは精神テストに合格してるのか?」

 

 

噂し、囁かれる丸聞こえな悪口を、シンは静かに聞き流し。自分が間違っていないという想いだけで、シンは前を向き続けているのだ。

 

 

 

 乱したものの責務として、その場の一切の片付けと、反省文提出を求められたシンは、その連帯責任で一緒に片付けをするルナマリアとレイ、そして班長の視線さえも完全に無視していた。

 

「シン・・なんであんなこと言ったの?・・言葉にしないと伝わらないよ」

 

ルナマリアは、呆れてはいたが、シンが何か考えているのだろうということは分かっていた。

レイは黙って、口出しすることもなくシンの答えを待つ。

 

「・・・だって・・あの死体・・あいや殉職者は・・。あくまで『殉職』したんだ。意思あって傭兵志願し、平和な世界にしたくて・・戦った。立派な死じゃないのか?晒し者とか、放っておいたとか・・そんな重要なことじゃない。そんなのあの遺体に失礼じゃないか・・」

 

 シンは吐き出すようにポツリポツリと呟き、そして遺体を載せていた台を丁寧に拭いた。

 

 シンの言う、立派な死は、殉職者が、自らの意志で平和の為に戦って命を落としたのだ、というところにある。それを否定するような被害者発言は、間違っているとシンは思う。

 

「本当に、悲しんでいいのは『被害者』といわれるのは、力も意志も持たない平和を願ってそこに住んでいる人だろ?」

 

 家族を失い、普通の生活を全て奪われた、何も出来ない弱者だった自分に対する、怒りがシンの中にこみ上げてきた。戦う力を持たない人々の死は被害者の死でしかない。

殉職するというからには、そこに任務と自分の意志をまっとうしたという、いっそ称賛されるべきことであるはずだ、とシンは考えていた。

 

 

「・・でも誰も死ぬつもりで生きてなんかいない」

 

班長を務めた彼は呟いた。

 

「・・俺たちは平和を守る為、人を守る為に戦ってる。確かにそうだけど・・でも「人間爆弾」じゃないんだ。皆が死ぬこと前提では戦えない」

 

「それを恐れていたら、いざというとき自分の為に誰かを犠牲にしてしまうかもしれないでしょう?」

 

シンは、彼を睨みつけるようにそう返す。

自分を睨みつける、その赤い瞳に、戦場を駆け抜けた一人の兵士の彼は、何を思うのだろうか、

 

「バカだな・・お前。・・眼の前で誰かが死んだこと・・あるのか?」

「俺は家族を・・ころされた・・戦争にオーブに・・」

「だったらなおさらだ。たとえどんな屈強な戦士でも、死はやってくる。仲間は突然死ぬ。それは・・すごく辛い」

 

どれだけの強い意志を持ち、死すら恐れず戦い抜いた果ての死だとしても。それを迎える戦友のやり場のない悲しみを、シンは知らない。

ルナマリアとレイが黙ってそこにいる、彼らを戦場で失うとしたら、シンはどうなるのだろうか。

名誉ある死だと褒め称え迎えいれることができるのか。

 

「・・まあ・・今は戦争じゃない。当分は知らなくて済むだろうな。しかしお前強いな・・・安心したよ」

 

シンの意志の強い赤い瞳には力がある。

それを認め、彼は「任せたぞ」といい、まるで弟にするように頭を撫で、そして自分の職場である戦艦へと帰っていく。

 

 

 

 

 

「本日は演習ではない、実際要請があって、付近で事故のおきた作業艦の遺体と怪我人の回収を目的とする実戦だ。緊急を要する、動ける自信のないものはついてくるな。それから・・シンアスカ。お前は来るな」

 

数日後のことだった。緊急要請があって、付近を走行中だった作業艦の事故という緊急事態の収拾が、人手不足のザフトからアカデミーの有能な若者たちに託された。

 シンの『留守番』は当然のものだ。

前回の問題発言から危険思想の持ち主と判断されてしまったのかもしれないし、不安定要素の強いシンを、実際の現場に立ち向かわせることに二の足を踏んだ教官たちの考え抜いた結論なのかもしれない。

 

 そうして飛び立つ級友たちや、他の作業要員を見送り、シンは戻ってくるのを待っていた。

 

 

 

 

 

 

 帰ってきた『殉死者』は二名、重傷者軽傷者ともに十数名のザフト兵だった。

演習のことを実戦すべくマニュアル通り戻ってきた彼ら、病院へと搬送される怪我人の対応をするほかの実習生たちとは別方向に、レイとルナマリアが二名の殉職者とともに戻ってくる。

一人はもう顔も分からない、がもう一人は下半身を失っていたが、顔だけはとても綺麗だった。

 

「シン。先輩よ」

 

ルナマリアの凛とした声が響く、シーツを開いたそこにいたのは、彼らの班長を務めてくれた彼だった。

 

 白い頬を涙が流れる。

友だったわけではない、たった1日一緒にいただけの先輩。

理由などない、生理的に流れる涙のように、シンの意識にないところから、湧き水のように涙は流れてきた。

強い意志あって戦場に立つ兵士の名誉たる殉職、しかし、その死の瞬間、彼らが本当に思ことが何であるか、それは他人であるほかの誰にも分かり得ることではない。

悲しいのか、悔しいのか、怖いのか・・・。本当に誇りだけで死を迎えられるのか。死者の声は届かない。

 

「・・シン・・。お前はそれでも・・戦うか?」

 

レイの問いかけにシンは、一瞬の回答に揺れた、しかし。シンの決意は更なる強い鎖となり、これから先のシンを、戦場へと結びつけるのだ。

 

 

「・・誰かの死が悲しいなら・みんな俺が守る・・・レイもルナも・・俺が守り抜く」

 

それから一年後、再び勃発した戦火の中を、シンの咆哮が駆け抜ける。

 

 

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